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☆第78話 フラットタイプ・後編

 とりあえず未遂みすいで済ませられてよかった。しかし、楓は泣くばかりで話ができる状態にあるとは思えない。

 僕は重いため息をついた。

「とりあえず、あいつは帰らせます。その後であらためて──」

「やだ、帰らない」

 小さな声が聞こえて、僕と日南さんは同時に楓を振り返る。

「家に帰って頭を冷やせ。話ならあとでいくらでも聞いてやる」

「やだ。航太といる」

 泣きじゃくりながら楓が言うため、僕は困ってしまった。彼の精神状態は気になるところだが、日南さんにまた何かしないとも限らない。

 仕方なく楓の前へ片膝をついた。

「我慢してくれ。事が済んだら戻ると話したじゃないか」

「やだ、離れたくない」

 楓が顔を上げ、懇願こんがんするように僕を見る。まるで子どもだ。いや、きっとこれが楓の素なんだ。

 すれ違っていたことに気づかなかったのは僕の落ち度だ。責任感と好奇心に溺れて、恋人のことが見えなくなっていたのだろう。

 だからといって、楓がしようとしたことを見過ごすわけにはいかない。日南さんはもちろん、楓のためにも見なかった振りなどできない。

 考えた末に、僕は鞄からポケットティッシュを取り出した。楓の顔を拭ってやりながらたずねる。

「楓、秘密は守れるよな?」

 大人しく顔を拭かれながら、楓は小さくうなずいた。

 きっと寂しいだけなのだ。僕のそばにいたいだけで、それには日南さんが邪魔だと思い込んでしまっただけ。

 僕は楓を信じることに決めた。

「実はもう一人、パラサイトドリーマーが必要なんだ。楓にはその素質がある」

 日南さんが戸惑ったような声を上げ、僕はそちらを見上げた。

「日南さんだって知っているでしょう? 楓の発想力はたしかです。発想は想像にもまさる天性のものです」

「で、でも……」

「楓は僕のそばにいたい。こうなってしまった以上、僕も楓から目を離したくない。であれば、協力してもらう他ありません」

「……そうか、分かった」

 日南さんの理解は得られた。

 僕は再び楓へ顔を向ける。

「それでいいな?」

「うん」

「もし秘密を守れなかったら、お前を犯罪者として警察に突き出すぞ」

 楓がショックを受けた様子で青ざめ、かまわずに僕は続ける。

「それが嫌なら僕に従うこと。いいな?」

「……分かった」

「それと、もしまた日南さんを傷つけるような真似をしたら、その時は別れるからな」

「嫌だ、別れたくない」

 楓がすがるような目をし、僕は強めの口調で返す。

「そうだろう? だったら大人しく僕に従え」

「……うん」

 と、楓はうつむいた。ようやく自分のしでかした罪の大きさに気づいたようだ。

 自覚できたなら大丈夫だろうと判断し、僕は息をついた。

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