とりあえず
僕は重いため息をついた。
「とりあえず、あいつは帰らせます。その後であらためて──」
「やだ、帰らない」
小さな声が聞こえて、僕と日南さんは同時に楓を振り返る。
「家に帰って頭を冷やせ。話ならあとでいくらでも聞いてやる」
「やだ。航太といる」
泣きじゃくりながら楓が言うため、僕は困ってしまった。彼の精神状態は気になるところだが、日南さんにまた何かしないとも限らない。
仕方なく楓の前へ片膝をついた。
「我慢してくれ。事が済んだら戻ると話したじゃないか」
「やだ、離れたくない」
楓が顔を上げ、
すれ違っていたことに気づかなかったのは僕の落ち度だ。責任感と好奇心に溺れて、恋人のことが見えなくなっていたのだろう。
だからといって、楓がしようとしたことを見過ごすわけにはいかない。日南さんはもちろん、楓のためにも見なかった振りなどできない。
考えた末に、僕は鞄からポケットティッシュを取り出した。楓の顔を拭ってやりながらたずねる。
「楓、秘密は守れるよな?」
大人しく顔を拭かれながら、楓は小さくうなずいた。
きっと寂しいだけなのだ。僕のそばにいたいだけで、それには日南さんが邪魔だと思い込んでしまっただけ。
僕は楓を信じることに決めた。
「実はもう一人、パラサイトドリーマーが必要なんだ。楓にはその素質がある」
日南さんが戸惑ったような声を上げ、僕はそちらを見上げた。
「日南さんだって知っているでしょう? 楓の発想力はたしかです。発想は想像にも
「で、でも……」
「楓は僕のそばにいたい。こうなってしまった以上、僕も楓から目を離したくない。であれば、協力してもらう他ありません」
「……そうか、分かった」
日南さんの理解は得られた。
僕は再び楓へ顔を向ける。
「それでいいな?」
「うん」
「もし秘密を守れなかったら、お前を犯罪者として警察に突き出すぞ」
楓がショックを受けた様子で青ざめ、かまわずに僕は続ける。
「それが嫌なら僕に従うこと。いいな?」
「……分かった」
「それと、もしまた日南さんを傷つけるような真似をしたら、その時は別れるからな」
「嫌だ、別れたくない」
楓がすがるような目をし、僕は強めの口調で返す。
「そうだろう? だったら大人しく僕に従え」
「……うん」
と、楓はうつむいた。ようやく自分のしでかした罪の大きさに気づいたようだ。
自覚できたなら大丈夫だろうと判断し、僕は息をついた。