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第84話 初めて味わう気持ち

 月曜日の朝、オレはいつもより早く起きて支度を整え、まだ静かなうちに独身寮を出た。

 駅へ向かう前に航太のマンションへ立ち寄ると、ちょうど彼がエレベーターで降りてきたところだった。

「おはよう」

 と、オレは先に声をかけ、航太が驚いた様子で返す。

「おはよう。こんな朝早くからどうしたんだ?」

「今日はサボることにした」

「え?」

「実家に寄ってから親父の職場に行って、本当のことを聞いてくるつもりだ」

 航太が目をぱちくりさせて、オレはにやりと口角をつり上げる。

「上のやつらは人類のためとか言って、情報を出ししぶってるんだよなぁ。だからそれを聞き出して、使える情報がないか確かめるんだ」

「……そうか。すごいな、楓は」

 二人並んで駅の方へと歩きだす。

「夕方には何か分かってるかもしれねぇから、あとで連絡するよ」

「分かった。僕は今日の予定が済んだら、彼らのところへ行くつもりだ」

「あのマンションか」

「ああ。時間が合えば、どこかで落ち合ってから行こう」

「それがいいな」

 オレ一人で訪ねるよりも、航太と一緒の方が受け入れてもらえるだろう。

「僕の方は、五時くらいには二区へ戻ってると思う」

「じゃあ、その辺りにあっちの最寄り駅で合流すっか」

「そうだな」

 航太がうなずき、オレは頭の中で今日の予定を組み立てる。先に親父へ連絡しておけば、よりスムーズに進むかもしれない。


 久しぶりに実家へ帰ると、母さんが甲高かんだかい声を上げて迎えてくれた。

「楓!? 急にどうしたのよ、あなた! まさか、仕事やめた!?」

「やめてねぇよ。ちょっと物を取りに来ただけだ」

 と、オレは自分の部屋へ向かう。

「物って、でも今日は平日で……」

「いいから気にすんなって。ちゃんとやれてるから」

 後ろからついてくる母さんにそう返しつつ、部屋の扉を開ける。オレが出ていった時から何も変わっておらず、定期的に掃除がされているようでほこりも見当たらない。

「もう、ヒロくんだって心配してるのよ」

「ああ、これから親父に会いに行く」

 母さんが息を呑み、動揺した様子で言う。

「な、え? 今、何て?」

「だから、会いに行くって言ったんだよ。親父にはもう連絡した」

 机の上に置きっぱなしにしていたノートパソコンを見つけ、充電ケーブルを差し込んでから開いた。

 母さんが大きなため息をつく。

「まったくもう、楓はあいかわらずマイペースなんだから」

 かまわずにオレはパソコンがまだ使えるかどうかをチェックしていく。一年以上放置していたが、特に問題は無さそうだ。

「よし」

 動作チェックを終えてすぐにノートパソコンを閉じ、充電ケーブルを抜く。それらを鞄へしまいこみ、ふと振り返った。

 母さんと目が合い、怪訝そうな顔を向けられる。

 ほんの少し見ない間に老けたみたいだ。前よりも肌につやがないような気がするし、少し太ったんじゃないかと思う。

 感傷とでも言うのだろうか。初めて味わう感情に鼻の奥がつんとする。

 内心で動揺しながらも、オレは平然とたずねた。

「母さんこそ、仕事は?」

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