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第86話 量子システム

 道すがら航太には彼の仮説が正しかったことを話したが、果たして北野たちに理解してもらえるだろうか。

 そんな懸念けねんを抱えつつ、オレは北野へ向かって資料の束を差し出した。お願いだから一回の説明で理解してくれよ。

「人間の脳に量子システムが組み込まれてるのはガチだ。ずっと昔、アヌンナキが遺伝子改変の時に組み込みやがった」

 北野が目をぱちくりさせ、横から痩せ型の男が口を出す。航太から聞いたところによると、彼は東風谷こちやというらしい。

「そういや、アヌンナキって本当に存在したんだっけ」

「人類の祖だ。あいつらが地球に来て今の人類を作り出した。けど、量子システムを意識的に動かせるのは限られた人間だけ」

「それがパラサイトドリーマーであり、想像力の豊かな人間は、無意識的にアカシックレコードとつながっているらしい」

 航太が補足し、北野は彼を見上げる。

「ということは、もしかして僕はすでに?」

「そうなるな。前に僕が話した通り、強く意識すれば特定の記憶の核と量子もつれを結べるはずだ」

 強めの口調で言う航太だが、すぐにオレは口を出す。

「けど、大事なのはそこから先だ。量子テレポーテーションをさせるには観測者がいないとならねぇ」

「観測者?」

 北野と東風谷が首をかしげ、航太は説明する。

「量子もつれの関係にある量子AとBがあるとする。誰かが量子Aの状態を観測し、それを量子Bの観測者に伝える。それから観測をすることで、量子Bは量子Aと同じ状態になる、というのが量子テレポーテーションだ」

「ただし、すでに脳に組み込まれているシステムの仕様によっては、古典的な方法に頼らなくてもできる可能性がある。それについても調べてきたから資料を読め、と言いたいところだけど……」

 オレはため息をつき、頭をがしがしとかいた。

「口で説明した方が早いよな。手順はこうだ。まず、パラサイトドリーマーが取り戻したい記憶の核と量子もつれの関係を作る。次に記憶の核を誰かが観測する。それをパラサイトドリーマーに伝えることで、そいつの頭ん中に記憶が戻る」

「それじゃあ、観測者は一人でいいということ?」

 東風谷の問いにオレはうなずく。

「ああ、記憶の核がどこにあって、どんな状態にあるかが分かればいいんだ」

「でも、目には見えない小さなものなんだろう? それをどうやって観測する?」

 北野の疑問に答えたのは航太だ。

「たしかに検索して見つけられるものではない。でも、より精密に検索できないか、方法を探しているところだ」

「っつっても、量子もつれさえできれば、あとはどうにでもなりそうだけどな」

 ため息まじりに言い捨てると、北野が鋭い視線を向けてきた。

「ちゃんと説明してくれる?」

「だから、脳にある量子システムの性能によるんだよ。あくまでも今渡した資料は、宇宙科学の最先端にいる人間たちが得たものであって、ぶっちゃけると真偽しんぎまでは分からねぇ。だから、アヌンナキに会って直接話が聞けないか、親父に相談しておいた」

「アヌンナキに会う!?」

 東風谷が大げさに驚き、オレはため息をつく。

「会えたとしても、量子システムについて教えてもらえるとは限らねぇ。シュメール語はかじってるから会話に問題はないはずだけど、あんまり期待されると困る」

 航太が何か言いたげな顔でじっとオレを見てくる。

 北野も東風谷と顔を見合わせて迷っている様子だ。

「どっちにしても、結果待ちってことだな」

「そういうことだね。でも、これだけ科学的な情報がそろってくると、すごいな」

 北野が手にした資料へ目を落とし、その様子を見た東風谷が言う。

「ああ、今度こそ日南さんも納得してくれるかも」

 すると北野は苦い顔をした。

「いや、そもそも宇宙人なんているのかって言われそう」

「オカルトじゃないか、って?」

 航太がそう言って小さく笑い、つられて東風谷と北野も笑った。

 オレは呆れ返ってうんざりとつぶやいた。

「オカルトじゃなくて、もう現実なんだよ」

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