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第87話 どこかで会ってる

 出勤したオレへ開口一番に土屋さんは言った。

「田村くんまで休んじゃったから、昨日は何もできなかったじゃないの」

「いきなり文句言われても困るっすよ」

 苦笑いを返しつつ、オレはロッカーを開けて鞄をしまう。

「まったくもう、これじゃあ仕事にならないって課長もぼやいてたわ」

「そうっすか」

 ふと土屋さんを見下ろし、なんとなく哀れだなと思った。じきに彼女の罪はあばかれる。

「何よ?」

「いえ、何でもないです」

 その日が来ることも知らずに、土屋さんは普段通りの振る舞いをしているのだから可哀想だ。そんなことを考えながら、オレは自分のデスクへ向かった。


 仕事を終えてデバイスを確認すると、航太からメッセージが来ていた。何かと思えば、東風谷がオレに会いたいそうだ。敷地の外で待っている、とある。

 いったい何の用があるのか分からないが、とにかく行ってみることにした。


 敷地の外へ出ると、十数メートルほど離れたところに見覚えのある男が立っていた。

 気づいた東風谷がにこやかに片手を振り、オレは足早に歩み寄る。

「何だよ、急に」

「個人的に興味がわいちゃってさ。田村、宇宙育ちって言ってただろ?」

 東風谷はにこにこと笑っており、オレは反対にむすっとする。

「っつーか、こんなところに来て大丈夫なのかよ」

「へーきへーき。でも立ち話はあれだし、どこかお店で話そうか」

 と、東風谷が歩き出す。

 その隣をしぶしぶと歩きながらオレはたずねた。

「何なんだよ、お前」

「あれ、自己紹介してなかったっけ? 俺は東風谷純人。フリーターだよ」

「仕事してんのか」

「四区の商店街にある電器屋、分かる? あそこ、知り合いのやってる店でね。時々手伝ってるんだ」

「えっ、マジかよ」

 思いがけない情報にびっくりしてしまった。

「たぶん俺たち、どこかで会ってるよな」

 東風谷がにやりと笑い、オレは微妙な気分で肯定した。

「そうだろうな。知らなかっただけで」

 電器屋は数あれど、それほど多いわけでもなく四区の商店街というと一店舗しかない。

「あと、そこの駅前にパーツショップあるだろ。田村、よく行きそう」

「たまにだよ」

「やっぱり行くんだ。俺も時々見に行くよ。自分で何か組み立てるわけじゃないけど、見るのは好きでね」

 なるほど、趣味は近いらしい。

「そうそう、自分で作ったって言うアプリ、見せてもらいたいなって思ってたんだけど」

 オレはうつむき加減になった。

「もう壊した」

「え?」

「データも何もかも捨てたんだ」

 横断歩道で立ち止まり、東風谷は苦笑した。

「うーん、それはショックだなぁ。けどまあ、ストーカーをやめられたようで何よりだよ」

 言われて初めて自覚したが、オレは何も返さずに口を閉じていた。普段であれば嫌悪する種類の人間に、いつの間にか自分もなっていたらしい。

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