出勤したオレへ開口一番に土屋さんは言った。
「田村くんまで休んじゃったから、昨日は何もできなかったじゃないの」
「いきなり文句言われても困るっすよ」
苦笑いを返しつつ、オレはロッカーを開けて鞄をしまう。
「まったくもう、これじゃあ仕事にならないって課長もぼやいてたわ」
「そうっすか」
ふと土屋さんを見下ろし、なんとなく哀れだなと思った。じきに彼女の罪は
「何よ?」
「いえ、何でもないです」
その日が来ることも知らずに、土屋さんは普段通りの振る舞いをしているのだから可哀想だ。そんなことを考えながら、オレは自分のデスクへ向かった。
仕事を終えてデバイスを確認すると、航太からメッセージが来ていた。何かと思えば、東風谷がオレに会いたいそうだ。敷地の外で待っている、とある。
いったい何の用があるのか分からないが、とにかく行ってみることにした。
敷地の外へ出ると、十数メートルほど離れたところに見覚えのある男が立っていた。
気づいた東風谷がにこやかに片手を振り、オレは足早に歩み寄る。
「何だよ、急に」
「個人的に興味がわいちゃってさ。田村、宇宙育ちって言ってただろ?」
東風谷はにこにこと笑っており、オレは反対にむすっとする。
「っつーか、こんなところに来て大丈夫なのかよ」
「へーきへーき。でも立ち話はあれだし、どこかお店で話そうか」
と、東風谷が歩き出す。
その隣をしぶしぶと歩きながらオレはたずねた。
「何なんだよ、お前」
「あれ、自己紹介してなかったっけ? 俺は東風谷純人。フリーターだよ」
「仕事してんのか」
「四区の商店街にある電器屋、分かる? あそこ、知り合いのやってる店でね。時々手伝ってるんだ」
「えっ、マジかよ」
思いがけない情報にびっくりしてしまった。
「たぶん俺たち、どこかで会ってるよな」
東風谷がにやりと笑い、オレは微妙な気分で肯定した。
「そうだろうな。知らなかっただけで」
電器屋は数あれど、それほど多いわけでもなく四区の商店街というと一店舗しかない。
「あと、そこの駅前にパーツショップあるだろ。田村、よく行きそう」
「たまにだよ」
「やっぱり行くんだ。俺も時々見に行くよ。自分で何か組み立てるわけじゃないけど、見るのは好きでね」
なるほど、趣味は近いらしい。
「そうそう、自分で作ったって言うアプリ、見せてもらいたいなって思ってたんだけど」
オレはうつむき加減になった。
「もう壊した」
「え?」
「データも何もかも捨てたんだ」
横断歩道で立ち止まり、東風谷は苦笑した。
「うーん、それはショックだなぁ。けどまあ、ストーカーをやめられたようで何よりだよ」
言われて初めて自覚したが、オレは何も返さずに口を閉じていた。普段であれば嫌悪する種類の人間に、いつの間にか自分もなっていたらしい。