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第89話 前を向いて

 食堂で一人、昼食を取りながらノートパソコンで作業をしていると、デバイスに連絡が入った。

 手を止めて確認してみると親父からのメッセージだ。

「アポイントが取れた。明後日、こちらへ来てくださるそうだ。楓も来られるよな?」

「もちろんだ」

 すぐに返信をして、ふうと息をつく。

 やっとアヌンナキに会える。子どもの頃に会ったことはあるが、人類にとって彼らは神々とされている。そのため、他の種族たちとは違い、どうしても本能的に格上に見てしまう。

 一方でアヌンナキ側がどうかというと、やはりこちらを格下に見ていたような気がする。まあ、天の川銀河における支配者と言っても過言じゃないしな。だからといって横柄だったイメージはなく、いい種族だった記憶がある。

「ちょっと緊張するな」

 小さな声でつぶやき、デバイスを閉じた。


 午後の仕事が始まる前に、オレは灰塚さんへ声をかけた。

「すみません、灰塚さん。明後日、また休みます」

「あれ、この前も休んでなかったか?」

 怪訝そうに首をかしげる灰塚さんだが、オレは微妙な顔をするしかない。

「すみません、急用なんです。有給にしてもらえるとありがたいんですが、大丈夫っすかね?」

「ああ、今日中に申請してもらえればいけるよ」

「分かりました。すぐに提出します」

「書類はこれな」

「ありがとうございます」

 灰塚さんから申請書を受け取り、オレはいそいそと自分の席へ戻る。

 ボールペンを手に取ったところで土屋さんが話しかけてきた。

「あんた、また休むの?」

「すんません」

 顔を向けずに返し、さっそく書類への記入を開始する。

 宇宙で暮らす時代になってもまだ紙を使っているなんてアナログだが、チームで仕事をする以上、仲間が休む日については把握しておく必要がある。申請書の提出はそのための儀礼的な意味合いがあった。

「まったくもう……」

 と、土屋さんの呆れ返る声がした。


 仕事終わりにデバイスを確認すると、航太からメッセージが来ていた。

 どうやら今日の午後三時発の国際リニアモーターカーで新アメリカへ発ったらしい。会えないと思っていた相手と、急遽アポイントメントが取れたそうだ。

 コロニー内の国際線は現状、リニアモーターカーしかないが、航空機とほぼ同じスピードで移動できるためとても便利だ。

「帰ってくるのは明後日、か」

 会えないのは寂しいけれど、航太も頑張っているんだなと思う。

 デバイスを閉じ、オレは帰宅するべく前を向いて歩き始めた。オレもいい情報を提供できるように、今夜はシュメール語の復習をしよう。

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