とんでもない幸運が舞い込んだ。あのクローヴ博士と直接会えただけでなく、大事なプロトタイプを
アカシックレコードの情報をコンピューターで検索する技術を確立し、システムを広く無償提供している彼を以前から尊敬していたが、まさかプロトタイプを託されるとは思わなかった。
部屋へ入るなり、僕は興奮を
「あのクローヴ博士に会ってきた。より精密な検索がしたいと伝えたら、そのために作ったプロトタイプがあると言って、僕に託してくれたんだ。さっそく試してみたら、これまで検索に出なかった些事記憶や無意義記憶まで得られた」
北野は理解できていない様子で問う。
「えっと、記憶の核が検索できるようになったってこと?」
「いや、それはまだだ。これから僕がこのプロトタイプを改良して、より細かく検索できるようにシステムを組む」
「千葉くんが?」
と、奥の部屋から東風谷が顔を出す。
「ああ、時間はかかるだろうがそれしかない。楓に協力してもらえたらいいんだが、デバイスの充電を忘れてて切れてしまった」
リニアを待つ間にどこかで充電すればよかったのだが、興奮していたせいで、そこまで頭が回らなかった。
「充電するのはかまわないけど、位置情報バレないようにしてもらわないと困るねぇ」
東風谷が眉を下げながら笑い、僕は「そうだよな」と肩を落とす。
この部屋にいる間、個人のデバイスは使用禁止だった。「幕開け人」であり追われる立場にある彼らにとって、位置情報は絶対に漏らしてはならないものだ。
すると、玄関の方から音がした。すぐに北野がそちらへ向かい、扉を開けた。
「やあ、タイミングがいいね」
その一言で誰が来たのか瞬時に分かった。楓だ!
思った通り、楓が部屋へ入ってきて僕は言う。
「楓、検索システムを組むのを手伝ってくれ」
「は?」
僕は先ほど二人にした説明を繰り返し、理解した楓はどこか呆れた風に言う。
「そんなことになるだろうと思って、ちょっとずつ組んでたよ」
「えっ、まさかすでに!?」
楓は鞄のポケットからSDカードを取り出した。
「まだ途中だけど、プロトタイプと合わせればいい感じになるだろ」
「か、楓……!」
今すぐ抱きしめてキスしようかと思ったが、そんなことをしている場合ではない! 今は一分一秒でも惜しいのだ。
僕は鞄からノートパソコンを取り出し、食卓へ置いた。
「すぐに始めよう」
と、椅子を引いてノートパソコンを起動させる。
楓は向かいの席へ移りつつ、「その前にオレの報告も聞いてくれ」と、様子を見ていた北野たちに顔を向ける。
「アヌンナキに会ってきた。量子システムを完全に起動させられるのは、限られた人間だそうだ。その条件を聞いたら、パラサイトドリーマーとよく似てた。つまり、一部の想像力が豊かな人間だけが、脳にある量子システムを使いこなせるってわけだ」
北野が腕を組みながら「それで?」とうながす。
「できるだけ雑念のない状態で、強く願えば記憶の核が反応する。その状態こそが量子もつれの関係にあるってことだ。あとは前に話したように、観測者が記憶の核の情報をパラサイトドリーマーに与えることで、記憶が取り戻せるはずだ」
僕の仮説がいよいよ現実味を増してきた。僕だけではたどり着けなかった真実だ。
北野と東風谷は顔を見合わせてハイタッチをした。
「いけるよ、純人」
「ああ、今度こそ成功させよう」
と、うなずき合ってから北野が指摘する。
「その前にそのパソコン、位置情報を切って」
はっとして僕はすぐに設定画面を開き、位置情報をオフにした。
「ネットにつなぐのはかまわないけど、発信するのはなしで」
「ああ、分かってる。大丈夫だ、たぶん」
僕は少し焦って、Bluetoothなどの発信もしないよう設定を確認していった。
北野が穏やかな声で言う。
「僕たちはあっちで残りの作業を進めてる。二人とも、泊まっていってくれていいから」
「ありがとう、助かる」
設定を確認し終えた僕はそう返し、楓がSDカードを挿したカードリーダーとパソコンとをつないだ。