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☆第90話 タイミングがいい

 とんでもない幸運が舞い込んだ。あのクローヴ博士と直接会えただけでなく、大事なプロトタイプをたくしてもらえたのだ。

 アカシックレコードの情報をコンピューターで検索する技術を確立し、システムを広く無償提供している彼を以前から尊敬していたが、まさかプロトタイプを託されるとは思わなかった。

 俄然がぜん気合が入り、僕は大急ぎで第二日本へ帰った。


 部屋へ入るなり、僕は興奮をおさえきれずに言った。

「あのクローヴ博士に会ってきた。より精密な検索がしたいと伝えたら、そのために作ったプロトタイプがあると言って、僕に託してくれたんだ。さっそく試してみたら、これまで検索に出なかった些事記憶や無意義記憶まで得られた」

 北野は理解できていない様子で問う。

「えっと、記憶の核が検索できるようになったってこと?」

「いや、それはまだだ。これから僕がこのプロトタイプを改良して、より細かく検索できるようにシステムを組む」

「千葉くんが?」

 と、奥の部屋から東風谷が顔を出す。

「ああ、時間はかかるだろうがそれしかない。楓に協力してもらえたらいいんだが、デバイスの充電を忘れてて切れてしまった」

 リニアを待つ間にどこかで充電すればよかったのだが、興奮していたせいで、そこまで頭が回らなかった。

「充電するのはかまわないけど、位置情報バレないようにしてもらわないと困るねぇ」

 東風谷が眉を下げながら笑い、僕は「そうだよな」と肩を落とす。

 この部屋にいる間、個人のデバイスは使用禁止だった。「幕開け人」であり追われる立場にある彼らにとって、位置情報は絶対に漏らしてはならないものだ。

 すると、玄関の方から音がした。すぐに北野がそちらへ向かい、扉を開けた。

「やあ、タイミングがいいね」

 その一言で誰が来たのか瞬時に分かった。楓だ!

 思った通り、楓が部屋へ入ってきて僕は言う。

「楓、検索システムを組むのを手伝ってくれ」

「は?」

 僕は先ほど二人にした説明を繰り返し、理解した楓はどこか呆れた風に言う。

「そんなことになるだろうと思って、ちょっとずつ組んでたよ」

「えっ、まさかすでに!?」

 楓は鞄のポケットからSDカードを取り出した。

「まだ途中だけど、プロトタイプと合わせればいい感じになるだろ」

「か、楓……!」

 今すぐ抱きしめてキスしようかと思ったが、そんなことをしている場合ではない! 今は一分一秒でも惜しいのだ。

 僕は鞄からノートパソコンを取り出し、食卓へ置いた。

「すぐに始めよう」

 と、椅子を引いてノートパソコンを起動させる。

 楓は向かいの席へ移りつつ、「その前にオレの報告も聞いてくれ」と、様子を見ていた北野たちに顔を向ける。

「アヌンナキに会ってきた。量子システムを完全に起動させられるのは、限られた人間だそうだ。その条件を聞いたら、パラサイトドリーマーとよく似てた。つまり、一部の想像力が豊かな人間だけが、脳にある量子システムを使いこなせるってわけだ」

 北野が腕を組みながら「それで?」とうながす。

「できるだけ雑念のない状態で、強く願えば記憶の核が反応する。その状態こそが量子もつれの関係にあるってことだ。あとは前に話したように、観測者が記憶の核の情報をパラサイトドリーマーに与えることで、記憶が取り戻せるはずだ」

 僕の仮説がいよいよ現実味を増してきた。僕だけではたどり着けなかった真実だ。

 北野と東風谷は顔を見合わせてハイタッチをした。

「いけるよ、純人」

「ああ、今度こそ成功させよう」

 と、うなずき合ってから北野が指摘する。

「その前にそのパソコン、位置情報を切って」

 はっとして僕はすぐに設定画面を開き、位置情報をオフにした。

「ネットにつなぐのはかまわないけど、発信するのはなしで」

「ああ、分かってる。大丈夫だ、たぶん」

 僕は少し焦って、Bluetoothなどの発信もしないよう設定を確認していった。

 北野が穏やかな声で言う。

「僕たちはあっちで残りの作業を進めてる。二人とも、泊まっていってくれていいから」

「ありがとう、助かる」

 設定を確認し終えた僕はそう返し、楓がSDカードを挿したカードリーダーとパソコンとをつないだ。

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