サーバールームから少し離れた廊下の隅で、オレはしゃがみ込んでいた。
「あと二分……」
デバイスで確認した時刻は五時五十八分だった。
航太はすでに責任者へ会いに行っており、もしかしたらもうすでにサーバールームに入っているかもしれない。
六時になったら航太が「物語を考える物語」を全国民へ一斉送信する。
東風谷が精密検索システムで取り戻したい記憶を検索し、位置を三人のパラサイトドリーマーに伝える。
オレはその位置にある記憶を強く思うことで、記憶の核を取り戻す。
頭の中で計画をなぞり、ふうと息をついた。
「うまくやれんのかな」
今さらになって不安になってきた。たぶん成功するとは思うのだが、いざ実行時刻が近づくと
ふいにデバイスが着信を告げ、オレはびくっと立ち上がった。確認しようとするなり、自動的に「物語を考える物語」が表示される。
作家と編集者、二人が話をしているだけの物語だ。背景には一坂が描いたという二人の男のイラストがあり、虚構の住人である日南梓ともう一人の男によく似ていた。
再び着信音が鳴った。今度は東風谷からの電話だ。
「田村、よく聞いてくれよ。27.9、34.5、2029.4だ」
「分かった」
すぐに通話は切れて、オレはデバイスを閉じて念じ始める。27.9、34.5、2029.4……土屋さんが北野響を殺した記憶を、どうか。
両目を閉じて強く強く願うが、特に変化は現れない。些事記憶だから無理なのだろうかと弱気な雑念がまざりかけ、慌てて意識を集中させる。
あらためて念じていると、航太が戻って来た。
「どうだ、見つけたか?」
「今やってる」
即座に返してぎゅっと目を閉じる。だけど、やっぱり何も変わった気がしない。
航太がもどかしそうに見つめているのが空気で分かる。オレだってもどかしい……と、思った直後だった。
「あ」
頭のどこかで雨の降る音がした。土砂降りの夜、車のライトが北野響の全身を一瞬だけ照らした。
見たことのない光景が浮かび、オレは無意識に目を開けていた。
航太がはっとしてたずねる。
「どうした?」
「うん……何か、戻ったっぽい」
「戻ったって、記憶が?」
「そう、事実が今ならある。もしかしたら、警察が捜査を再開させてくれるかも」
航太は目を丸くすると、オレをぎゅっと抱きしめた。
「それじゃあ、今僕が警察に知らせれば……!」
「ああ、きっと話を聞いてくれる」
「やったな、楓」
計画は成功した。あとは警察に教えて、土屋さんが逮捕されるのを待つだけだ。
「それじゃあ、ひとまず帰ろう」
「おう」
オレも自然と笑顔になってうなずいた。
航太の役に立てたことはもちろん、自分が本当にパラサイトドリーマーとして記憶の核を取り戻せたことが、素直に嬉しかった。