目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第102話 騙された振り・後編

 ふと気になって、オレは東風谷へたずねた。

「お前の家族、こっちにいんのか?」

「いるよ。三区に住んでる」

 すると航太が問いかける。

「これからどうするんだ? 仕事は?」

「特に何も考えてないなぁ。渡は智乃さんの物語を何らかの形にしたいって言ってたけど、俺にはそういう夢みたいなものもないし」

 ため息をついてから東風谷は自嘲する。

「日南さんや君たちみたいに、恋人がいるわけでもない。むしろ、これから見つけていかなきゃなんだけど、まだ自分から求める気にもなれなくてねぇ」

 彼はまだ北野響を失った悲しみから立ち直っていない様子だ。それも仕方のないことだと納得し、オレは視線をグラスへ移す。

「おっと、もう返信が来たらしい」

 そう言って東風谷はデバイスを操作し、画面をこちらへ見せた。

「先着十名のところ、すでに八名が埋まってるってさ」

 返信内容を読んでオレは苦い顔になる。

「最短一週間で収益化って、馬鹿じゃねぇのか」

「リスクゼロというのも怪しいだけだな。後から連絡を取ろうとした時には消えてるんだろう」

 と、航太も呆れた表情だ。

 東風谷は再びメッセージを打ち込み、送信する。

「こいつを警察に突き出すのはいいとして、それだけじゃ物足りない気がしない?」

「何しようとしてんだよ?」

「いや、別に何ってわけでもないけど、やっぱり勝手に詐欺に使われるのっていい気はしないし? ちょっとしたいたずら程度におどかしてやりたいな、とか」

「やめておけ、東風谷。気持ちは分からなくもないが、警察に任せる方がいい」

「うーん、千葉くんが言うなら……っと、また返信きた」

 二通目の返信を見て東風谷は笑った。さっきと同じようにオレたちへ画面を見せる。

「焦らせてきたよ。詐欺師ってのはおもしろいねぇ」

 ついさっき九人目の申し込みがあったと知らせてきたのだ。枠が埋まってしまうのではないかと焦り、詐欺に引っかかってしまうわけだ。

「次の返信で支払いを催促さいそくしてきそうだ。そうしたら警察へ行くよ」

「そうだな」

 どうにか解決できそうでほっとした。レモネードをごくごくと飲んでいると、航太が言う。

「楓が教えてくれてよかったな」

「本当、田村のおかげだよ」

 と、東風谷までオレを見てきた。

「な、何だよ……」

 思わずどぎまぎするオレだが、東風谷が問う。

「ところで、どうして教えてくれたんだい? こんなの、無視したってよかったのに」

 言われてみればたしかにそうだ。でも無視できなかったのは、何故だろうか?

 レモネードを飲み干し、グラスに残った氷を見つめながら考える。

「何か、嫌だなって思った。別に擁護ようごするつもりはねぇけど、その……やっぱり、東風谷は気分悪いだろうなって思った、し……」

「ああ、俺のこと考えてくれたんだ? 優しいところあるじゃん、田村」

「べ、別にお前のことがどうっていうわけでは」

 慌てて言い訳するオレだったが、航太にぽんぽんと頭を撫でられて動きを止める。航太は優しい声で言った。

「友達だもんな」

「と、友達……!?」

 頬が熱い。見ると東風谷はにこにこと笑っていた。

「俺たち、友達だもんな」

 航太の言葉を繰り返す彼から視線をそらし、オレはうつむいた。

 友達と言われたことが嬉しいのに、妙に切なくもあって、すごく恥ずかしかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?