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第104話 知ってる航太

 夕方になると土屋美織逮捕に関する続報が報じられた。終幕管理局の局長が隠蔽いんぺいに加担した、というものだ。

「あーあ」

 テキトーにつぶやいて動画を停止させ、デバイスを閉じる。

「明日には辞任するかもな」

 と、航太がキッチンから口を出した。

「そうなったら、次は誰が局長になるんだ?」

「うーん、どうだろうな。嵯峨野局長は元々JSEAの理事だったから、またそういうところから来るんじゃないか?」

「なるほどなぁ。あれ、でも待てよ」

 ふと別の疑問が頭をもたげ、オレは閉じたばかりのデバイスを見つめる。

「アカシックレコードが破裂したんだから、もう『幕引き人』いらないんじゃね?」

 航太は何も返さなかった。野菜を切る音だけが束の間、二人の間を漂う。

「っつーか、終幕管理局もいらねぇってことになるだろ。なぁ、航太」

「それは僕にも分からないな。世界への影響がどれだけか、まだはっきりしてないんだ」

「まあ、それはそうだけど」

 コンロにフライパンを乗せ、オリーブオイルを注ぎながら航太は言う。

「もっと言うなら、アカシックレコードが破裂したのに世界が変わらず存続しているのは何故なのか、それも分からない」

「うーん、アヌンナキに聞いたら教えてくんねぇかな」

 オレのつぶやきに航太がくすりと笑う。

「そういう情報は上層部によって統制されてるんだろう? 楓なら得られるだろうが、大人しく発表を待つ方がいい」

「それもそうだな」

 オレ自身がそういう立場にあるのではなく、あくまでも父親のコネを使っているだけだ。あまり使いすぎるのもよくない。

「けど、もし『幕引き人』が必要なくなったとしたら、楓はどうする?」

「えっ……うーん、家に戻ってニートかな」

「僕はどこかの大学か研究所にでも入って、あらためて研究職を目指そうかと思ってる」

「結局、そっちに行くのか」

「あちこちを飛び回って情報を集めていた時、すごくやりがいと充実感を覚えたんだ。知らないことを調べるのは、やっぱり楽しいと思った」

「……そっか」

 オレは頬杖をついて彼の背中を見ながら言う。

「いいんじゃねぇの。航太はそっちのが似合うよ」

 やっとオレの知ってる航太に戻ったような気がした。彼の芯がぶれていなくてよかったと思う反面、無性に寂しくもなる。

「まあ、どうなるか分からないけどな。楓、ちょっと味見してくれないか?」

「おう」

 席を立ち、彼の隣へ並ぶ。

「アヒージョを作ってみたんだが、どうだ?」

 小皿に取った小さなブロッコリーを渡そうとして、何故か航太はやめた。フォークを取り出し、ブロッコリーに刺してからふうふうと息を吹きかけ、にこりと笑う。

「はい、あーん」

「何でだよ」

 ツッコミを入れながらも、オレは差し出されたそれを素直に口にした。

「うん、美味い」

「少し味が薄くないか?」

「いや、これくらいでいいと思うぜ」

「そうか。じゃあ、これで完成だな」

 と、航太はコンロの火を止めた。

 いずれ終幕管理局も「幕引き人」も不要になる日が来る。せめてその時までは、彼の隣にいられるよう願った。

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