夕方になると土屋美織逮捕に関する続報が報じられた。終幕管理局の局長が
「あーあ」
テキトーにつぶやいて動画を停止させ、デバイスを閉じる。
「明日には辞任するかもな」
と、航太がキッチンから口を出した。
「そうなったら、次は誰が局長になるんだ?」
「うーん、どうだろうな。嵯峨野局長は元々JSEAの理事だったから、またそういうところから来るんじゃないか?」
「なるほどなぁ。あれ、でも待てよ」
ふと別の疑問が頭をもたげ、オレは閉じたばかりのデバイスを見つめる。
「アカシックレコードが破裂したんだから、もう『幕引き人』いらないんじゃね?」
航太は何も返さなかった。野菜を切る音だけが束の間、二人の間を漂う。
「っつーか、終幕管理局もいらねぇってことになるだろ。なぁ、航太」
「それは僕にも分からないな。世界への影響がどれだけか、まだはっきりしてないんだ」
「まあ、それはそうだけど」
コンロにフライパンを乗せ、オリーブオイルを注ぎながら航太は言う。
「もっと言うなら、アカシックレコードが破裂したのに世界が変わらず存続しているのは何故なのか、それも分からない」
「うーん、アヌンナキに聞いたら教えてくんねぇかな」
オレのつぶやきに航太がくすりと笑う。
「そういう情報は上層部によって統制されてるんだろう? 楓なら得られるだろうが、大人しく発表を待つ方がいい」
「それもそうだな」
オレ自身がそういう立場にあるのではなく、あくまでも父親のコネを使っているだけだ。あまり使いすぎるのもよくない。
「けど、もし『幕引き人』が必要なくなったとしたら、楓はどうする?」
「えっ……うーん、家に戻ってニートかな」
「僕はどこかの大学か研究所にでも入って、あらためて研究職を目指そうかと思ってる」
「結局、そっちに行くのか」
「あちこちを飛び回って情報を集めていた時、すごくやりがいと充実感を覚えたんだ。知らないことを調べるのは、やっぱり楽しいと思った」
「……そっか」
オレは頬杖をついて彼の背中を見ながら言う。
「いいんじゃねぇの。航太はそっちのが似合うよ」
やっとオレの知ってる航太に戻ったような気がした。彼の芯がぶれていなくてよかったと思う反面、無性に寂しくもなる。
「まあ、どうなるか分からないけどな。楓、ちょっと味見してくれないか?」
「おう」
席を立ち、彼の隣へ並ぶ。
「アヒージョを作ってみたんだが、どうだ?」
小皿に取った小さなブロッコリーを渡そうとして、何故か航太はやめた。フォークを取り出し、ブロッコリーに刺してからふうふうと息を吹きかけ、にこりと笑う。
「はい、あーん」
「何でだよ」
ツッコミを入れながらも、オレは差し出されたそれを素直に口にした。
「うん、美味い」
「少し味が薄くないか?」
「いや、これくらいでいいと思うぜ」
「そうか。じゃあ、これで完成だな」
と、航太はコンロの火を止めた。
いずれ終幕管理局も「幕引き人」も不要になる日が来る。せめてその時までは、彼の隣にいられるよう願った。