業務が停止しているからといって、毎日楓が僕の部屋にいるわけじゃない。
その日は午前中に何か用事があるらしく、昨日の夜は早めに帰っていった。
一人になった僕は一通りの家事を済ませてから、ゆっくりと読書をしていたのだが。
午後三時になって楓がやってきた。リビングダイニングの明かりの下で、自慢げな顔をする。
「どーよ、航太。ツーブロックにしてみたんだ」
と、首を動かして見せる。横と後ろの髪の下半分ほどが、綺麗に
どうやら美容室に行っていたらしく、前髪が少し短くなり、髪色も染め直してあった。
「……へぇ」
まさかツーブロックにするとは思わなかったな、と考えつつ手を伸ばし、彼の後頭部を触る。ジョリジョリというか、ザリザリというか、とにかく手触りがいい。
「おい、撫でんな」
楓が低い声で言い、僕ははっとした。
「すまん、つい触りたくなって」
「っつーか、まず褒めるか何か言ってからにしてくれ」
「ああ」
言われて初めて感想を求められていたことに気づく。先に手が出てしまったせいか、楓は不機嫌な顔だ。
「いや、うん……似合う、とは思う」
「微妙だな」
「けど、前髪はどうしてもそれなんだな」
僕が指摘すると、楓は自分の前髪を見るように目を上向ける。右側が長いアシンメトリーはちょっと古い感じがする。
「ああ、気に入ってるからな」
「今どき、その前髪にしてるのはお前くらいじゃないか?」
「そうかぁ? けど、ツーブロックにしたからますますかっこいいだろ」
よほど今の髪型が気に入っているようだ。それはそれでいいのだけれど、僕はわざと言う。
「楓は短いより長い方が似合うと思う」
「はあ? 何でだよ。っつーか、お前の方が似合うだろ」
「いや、さすがに長髪は似合わないよ」
「似合うって。だいたい、男で長髪にしていいのはイケメンだけだぞ」
「じゃあ、僕はイケメンじゃないからダメだな」
「あっ、クソ。そういう意味じゃなくって!」
今にも地団駄を踏みそうな楓を見て、くすりと笑みがこぼれる。
「冗談だよ」
「ああ、もう! どっちにしてもじゃねーか!」
と、楓がいつものようにわめき、僕はにこりと笑った。
「まだ金髪だった頃の長さが、ちょっと中性的で可愛くて好きだった」
楓は頬をほんのりと赤らめつつ返す。
「ああ、今にして思うとだいぶ伸ばしてたな」
「急に短くしてきた日にはびっくりしたよ」
「けどお前、すぐ褒めてきたよな」
「新しい楓が見られて嬉しかったんだ。色も似合ってたし」
と、僕が微笑むと楓は嬉しそうにした。
「だよな! オレもこの色、気に入ってんだ」
褒められたことが嬉しいのか、すっかり機嫌を直した様子だ。
ころころと変わる豊かな表情が愛おしくて、そっと抱き寄せた。
「やっぱり可愛いな。髪型はどうでもいい」
「どうでもいいとか言うなよ。せっかく美容室に行って来たんだぞ」
文句を言いながらも僕の肩に頬を寄せてくる。そうした仕草もまた可愛い。
「楓は存在自体が可愛いからな」
「なっ……っつーか、撫でんなって!」
「ああ、すまない。手触りがいいから、ついな」
僕はくすくすと笑い、いつもとは違う匂いがする頭にキスをした。