目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

☆第105話 彼の後頭部

 業務が停止しているからといって、毎日楓が僕の部屋にいるわけじゃない。

 その日は午前中に何か用事があるらしく、昨日の夜は早めに帰っていった。

 一人になった僕は一通りの家事を済ませてから、ゆっくりと読書をしていたのだが。


 午後三時になって楓がやってきた。リビングダイニングの明かりの下で、自慢げな顔をする。

「どーよ、航太。ツーブロックにしてみたんだ」

 と、首を動かして見せる。横と後ろの髪の下半分ほどが、綺麗にられて短くなっている。

 どうやら美容室に行っていたらしく、前髪が少し短くなり、髪色も染め直してあった。

「……へぇ」

 まさかツーブロックにするとは思わなかったな、と考えつつ手を伸ばし、彼の後頭部を触る。ジョリジョリというか、ザリザリというか、とにかく手触りがいい。

「おい、撫でんな」

 楓が低い声で言い、僕ははっとした。

「すまん、つい触りたくなって」

「っつーか、まず褒めるか何か言ってからにしてくれ」

「ああ」

 言われて初めて感想を求められていたことに気づく。先に手が出てしまったせいか、楓は不機嫌な顔だ。

「いや、うん……似合う、とは思う」

「微妙だな」

「けど、前髪はどうしてもそれなんだな」

 僕が指摘すると、楓は自分の前髪を見るように目を上向ける。右側が長いアシンメトリーはちょっと古い感じがする。

「ああ、気に入ってるからな」

「今どき、その前髪にしてるのはお前くらいじゃないか?」

「そうかぁ? けど、ツーブロックにしたからますますかっこいいだろ」

 よほど今の髪型が気に入っているようだ。それはそれでいいのだけれど、僕はわざと言う。

「楓は短いより長い方が似合うと思う」

「はあ? 何でだよ。っつーか、お前の方が似合うだろ」

「いや、さすがに長髪は似合わないよ」

「似合うって。だいたい、男で長髪にしていいのはイケメンだけだぞ」

「じゃあ、僕はイケメンじゃないからダメだな」

「あっ、クソ。そういう意味じゃなくって!」

 今にも地団駄を踏みそうな楓を見て、くすりと笑みがこぼれる。

「冗談だよ」

「ああ、もう! どっちにしてもじゃねーか!」

 と、楓がいつものようにわめき、僕はにこりと笑った。

「まだ金髪だった頃の長さが、ちょっと中性的で可愛くて好きだった」

 楓は頬をほんのりと赤らめつつ返す。

「ああ、今にして思うとだいぶ伸ばしてたな」

「急に短くしてきた日にはびっくりしたよ」

「けどお前、すぐ褒めてきたよな」

「新しい楓が見られて嬉しかったんだ。色も似合ってたし」

 と、僕が微笑むと楓は嬉しそうにした。

「だよな! オレもこの色、気に入ってんだ」

 褒められたことが嬉しいのか、すっかり機嫌を直した様子だ。

 ころころと変わる豊かな表情が愛おしくて、そっと抱き寄せた。

「やっぱり可愛いな。髪型はどうでもいい」

「どうでもいいとか言うなよ。せっかく美容室に行って来たんだぞ」

 文句を言いながらも僕の肩に頬を寄せてくる。そうした仕草もまた可愛い。

「楓は存在自体が可愛いからな」

「なっ……っつーか、撫でんなって!」

「ああ、すまない。手触りがいいから、ついな」

 僕はくすくすと笑い、いつもとは違う匂いがする頭にキスをした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?