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第108話 モチベーションゼロ

 昼食を購入して空席を探していると、オレたちを呼ぶ声があった。

「千葉くん、田村くん。こっち空いてるよ」

 深瀬さんだ。ちょうど彼の隣が空いており、その向かいも空席だった。

 航太はすぐに「失礼します」と、深瀬さんの隣へ腰を下ろした。

 オレは向かいに座り、深瀬さんが新人の寺石と食事をしていたことに気づく。

 すると航太が先に名乗った。

「C班の千葉航太だ、よろしく」

「同じくC班の田村楓っす。よろしく」

 と、オレも続ける。

 寺石は「よろしくお願いします」と軽く頭を下げ、深瀬さんが航太へ言う。

「そっち、どうだった? うまく分離できたかい?」

「ええ、なんとか。ですが、以前よりも時間がかかりますね」

 と、航太は答えながら箸を手に取る。オレも黙ってカレーにスプーンを入れた。

 深瀬さんは眉尻を下げて言う。

「前みたいにさっさと消せばいいわけじゃないもんな。まずは状態を確かめて、住人を見つけて、正しい組み合わせを推理して、それからやっと分離作業だ」

「楓なんて、めんどくさがってモチベーションゼロですよ」

 急に航太がそんなことを言い出し、オレはすかさず口を開く。

「だって全然楽しくねぇんだから、仕方ないだろ」

 深瀬さんはかすかに苦笑し、寺石へ視線を向けた。

「田村くんは虚構の住人を消すのが得意でね。うちへ配属されてからまだ一年なのに、もう千五百人以上を消したんだ」

「えっ、すげぇ! もしかして、死神っすか!?」

「はあ?」

 一部のやつらに死神と呼ばれているのは知っていたが、新人の口から聞かされるとむっとした。

 横目ににらみつけてやるが、寺石はちっとも効いていない様子で言う。

「でっかい鎌で一気に消しちゃうんでしょう? すげー人がいるって聞いて、憧れてたんです!」

「お、おう、そうか……」

 目をキラキラさせる寺石に、一転してオレは気圧されてしまう。憧れてたなんて言われるのは初めてだ。

「田村先輩と一緒の六組になれて、ガチ嬉しいっす!」

「それはいいけど、うるせぇよ。カツ丼、冷めてっぞ」

 と、オレは恥ずかしさをごまかす。

「あ、はいっ」

 慌てて寺石は食事に戻り、深瀬さんがちらりと航太を見る。

「舞原さんとはうまくやれそうかい?」

「ええ、土屋さんのように怒られることがないので」

 と、航太が笑みを返すがオレは言う。

「オレはなんか嫌っすね。土屋さんの方が気が合ったかもしれないっす」

「そう? 舞原さん、だいぶ優しいと思うけど」

 深瀬さんが少し首をかしげ、航太がたずねた。

「深瀬さんって、舞原さんと組んだことあるんでしたっけ?」

「うん、あるよ。六組に配属された最初の時、一緒の班だったんだ」

 それは意外だ。

「あの人はわりと、自分から突っ込んでいくタイプだから、そういう意味では振り回されたりもしたけどね」

 くすりと軽く笑い、深瀬さんはオレを見た。

「たぶん、田村くんをサポートするのに舞原さんが選ばれたんだと思う。うちの大事なエースだからね」

 ぽかんとするオレの隣で、寺石が「エースかっけぇー!」と目を輝かせる。

 そこまで大事にされている実感はないが、深瀬さんの観察眼が鋭いことは知っている。つまり、少なからず当たっているはずだ。

 オレはほぼ無意識にうつむいた。

「そういうことなら、少しは頑張ります」

「うん、それがいいね。くれぐれも、寺石くんに追い越されないようにね」

 深瀬さんがにっこりと笑い、オレは寺石と顔を見合わせてしまった。

「お前、研修中の成績よかったのか?」

「はいっ! 座学は二十位でしたけど、実践は一位っす!」

 驚くオレへ深瀬さんが追い打ちをかけた。

「寺石くん、ボクシングやってるんだって。運動神経はいいし、パンチも力強かったよ」

 格闘系か。体は細く見えるけど、脱いだらすごいんだろうな。

「楓にはいい刺激になるかもな」

 航太がにやりと笑い、オレは負けず嫌いを発揮した。

「ふん、オレのが強いに決まってんだろ」

「自分もそう思います。千五百なんてすげーっすもん!」

 寺石に言われて面食らった。ちょっとやりにくいかもしれないと思いつつ、オレは黙って食事に集中した。

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