昼食を済ませてオフィスへ戻る途中、オレたちの後ろで深瀬さんが寺石と話していた。
「さっき、ヒーローって言ってたけど」
「あ、はい。自分、昔からヒーローに憧れてるんっす」
オレは思わず苦笑した。寺石はガキだな。
「アニメや映画のヒーローみたく、自分も世界を救いたくて」
「世界を救う、か。その前に壊されちゃったみたいなのが残念だな」
「そうなんすよねぇ。けど、だったら『幕開け人』を捕まえたらいいんじゃないすか?」
ふと気になってちらりと振り返ってしまう。航太もまた彼らの方を見ていた。
「無理だと思うよ。今はあちこちで記憶が結合してるんだから、『幕開け人』に関する記憶も、他と結合して分からなくなってるよ」
「あー、そっか。無意義記憶でしたっけ」
「いや、些事記憶だね。寺石くん、本当に座学はダメっぽいね」
「すみません……体を動かすのは得意なんすけど」
深瀬さんたちが会話を続けている途中で、唐突に航太が言う。
「ザィル、ヴァッツ・ジット・ディ」
突然のアトラリスス語だ。でも、彼がどういう話をしたいのかは理解できるから、オレも乗ってやった。
「ズォグ・ノルグァ」
SNSでは「物語強制事件」などと呼ばれていて、すでに「幕開け人」の仕業であることが一部界隈では知られている。
同時期に局長だった嵯峨野が殺人を隠蔽したことが白日の下にさらされ、終幕管理局および第二日本は動揺していた。
「ザルノ・ヴァー・フィッド・エーレン・ディド、シュガン・イーヴァ・リィク・ディッセ・ノルグ。ズィーヴ・トノルァーゼ・ミィロ・コーミス・リュイ」
航太は恐れている。「幕開け人」に協力したことを、結果として世界に影響が出てしまうことを。
いつかオレたちのやったことが誰かにバレて、責められてしまうのではないかと。
「ミィラ・ナ・ティリッツ・マーズィ、クェーテ・スァム・ノルグ・シャ。グォル・ノルグ・ディ」
「……トゥン」
うなずいた航太だが表情は暗い。
どうにかして意識を他のことにそらせないかと思い、オレは言った。
「アトラリスス語、うまくなったな」
はっとして航太がオレを見る。察したオレはすかさず予防線を張った。
「キスしたいとか言い出すなよ?」
「ああ、ダメか」
「落ち込むなよ。っつーか、すぐ後ろに深瀬さんたちがいるだろが」
オレが機嫌の悪い顔を作ると航太は笑った。
「僕は一向にかまわないぞ」
「オレがかまうんだよっ」
まったく航太はあいかわらずだ。でも、笑ってくれてよかった。
オレたちの想像するような最悪な未来が訪れないようにと、心の底から強く祈った。