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第110話 詐欺師の続報

 夕食を終えて部屋へ戻ると、東風谷からの着信が入った。

 ベッドに腰かけながらデバイスを操作して、ビデオ通話に応じる。

「よう、どうしたんだ?」

「こんな時間に悪いね、田村。さっそくなんだけど、あの詐欺師の続報だよ」

「ああ、逮捕されたんだろ?」

 オレがたずねると東風谷が苦い顔をする。

「そうなんだけど、起訴はされないかもって言われてさぁ」

「はあ? 何でだよ」

「どうやら、司法の方がパンクしてるみたいなんだ。最悪の場合でも執行猶予がつくとか」

 まあ、それはしょうがない。詐欺罪だし。

「で、そっちは今日から仕事だったね。どうだった?」

 東風谷が聞きたいのはこっちだったのではないか、内心でそんなことを思いつつ正直に返す。

「仕事内容が変わっちまった。記憶分子が結合してるから、分離して元の形へ戻すことになったんだ」

「えっ、まずいことになってないかい?」

「うーん、まずいっちゃまずいけど……実際、これでどんな影響が現実世界に起きてるかは、まだ分かってねぇんだ」

 東風谷は難しい顔をしてから「分かった、ありがとう」と、返した。

「それじゃあ、また」

「おう、おやすみー」

 通話を切ってベッドへ寝転がる。これから世界がどうなっていくのか、オレも不安だった。


 翌朝、出勤したオレを待っていたのはいつもの航太の笑顔、ではなかった。

「田村先輩、おはようございます!」

 寺石がさわやかに挨拶してきたのだ。

 先を越されたショックだろうか、航太が固まってしまっている。

 オレもまたびっくりして「お、おう」と、返すしかない。

 寺石は満足したように席へと戻り、オレはロッカーの前へ移動する。その時になってようやく航太が声をかけてきた。

「楓、おはよう」

「ああ、おはよう」

 いつものルーティンが寺石によって乱されて、何だか変な気分だ。

 航太はオレがロッカーに鞄をしまうのをすぐ横で見ながら言う。

「懐かれたようだな」

「マジかよ」

 苦笑するオレだが、ロッカーを閉めて航太を見ると、彼は複雑な表情をしていた。どうやら嫉妬しているらしい。

 ちょっとおもしろいことになりそうだと思い、オレはくすっと笑って自分の席へ向かった。


 記憶還元室へと歩いている途中、オレは昨夜のことを話した。

「昨日、東風谷から連絡があってさ。あの詐欺師、起訴されねぇかもって」

「まさか」

「あいつが言うには、司法がパンクしてるんだとよ。最悪でも執行猶予がつくらしいぜ」

 航太は黙って考え込む様子を見せた。

「あの詐欺師だが、もしかしたらあれは、記憶分子が結合したせいだったのかもしれない」

「ああ、それでか」

 漏れるはずのない「幕開け人」の情報が、詐欺師の記憶にくっついてしまったのだ。

「証拠はまだないが、現実世界への影響というのは、おそらくそういったことだろう」

「なるほど。やっぱめんどくせーことになっちまったなぁ」

 前を歩いていた舞原さんがちらりと振り返り、オレは慌てて口を閉じた。今のは仕事上の愚痴ではないが、事情を知らない彼女にはそう聞こえたに違いない。

「さーせん、何でもないっす」

「言葉遣いは正しく」

「すみません」

 また言い直しをさせられてしまい、聞いていた航太がくすっと笑った。

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