夕食を終えて部屋へ戻ると、東風谷からの着信が入った。
ベッドに腰かけながらデバイスを操作して、ビデオ通話に応じる。
「よう、どうしたんだ?」
「こんな時間に悪いね、田村。さっそくなんだけど、あの詐欺師の続報だよ」
「ああ、逮捕されたんだろ?」
オレがたずねると東風谷が苦い顔をする。
「そうなんだけど、起訴はされないかもって言われてさぁ」
「はあ? 何でだよ」
「どうやら、司法の方がパンクしてるみたいなんだ。最悪の場合でも執行猶予がつくとか」
まあ、それはしょうがない。詐欺罪だし。
「で、そっちは今日から仕事だったね。どうだった?」
東風谷が聞きたいのはこっちだったのではないか、内心でそんなことを思いつつ正直に返す。
「仕事内容が変わっちまった。記憶分子が結合してるから、分離して元の形へ戻すことになったんだ」
「えっ、まずいことになってないかい?」
「うーん、まずいっちゃまずいけど……実際、これでどんな影響が現実世界に起きてるかは、まだ分かってねぇんだ」
東風谷は難しい顔をしてから「分かった、ありがとう」と、返した。
「それじゃあ、また」
「おう、おやすみー」
通話を切ってベッドへ寝転がる。これから世界がどうなっていくのか、オレも不安だった。
翌朝、出勤したオレを待っていたのはいつもの航太の笑顔、ではなかった。
「田村先輩、おはようございます!」
寺石がさわやかに挨拶してきたのだ。
先を越されたショックだろうか、航太が固まってしまっている。
オレもまたびっくりして「お、おう」と、返すしかない。
寺石は満足したように席へと戻り、オレはロッカーの前へ移動する。その時になってようやく航太が声をかけてきた。
「楓、おはよう」
「ああ、おはよう」
いつものルーティンが寺石によって乱されて、何だか変な気分だ。
航太はオレがロッカーに鞄をしまうのをすぐ横で見ながら言う。
「懐かれたようだな」
「マジかよ」
苦笑するオレだが、ロッカーを閉めて航太を見ると、彼は複雑な表情をしていた。どうやら嫉妬しているらしい。
ちょっとおもしろいことになりそうだと思い、オレはくすっと笑って自分の席へ向かった。
記憶還元室へと歩いている途中、オレは昨夜のことを話した。
「昨日、東風谷から連絡があってさ。あの詐欺師、起訴されねぇかもって」
「まさか」
「あいつが言うには、司法がパンクしてるんだとよ。最悪でも執行猶予がつくらしいぜ」
航太は黙って考え込む様子を見せた。
「あの詐欺師だが、もしかしたらあれは、記憶分子が結合したせいだったのかもしれない」
「ああ、それでか」
漏れるはずのない「幕開け人」の情報が、詐欺師の記憶にくっついてしまったのだ。
「証拠はまだないが、現実世界への影響というのは、おそらくそういったことだろう」
「なるほど。やっぱめんどくせーことになっちまったなぁ」
前を歩いていた舞原さんがちらりと振り返り、オレは慌てて口を閉じた。今のは仕事上の愚痴ではないが、事情を知らない彼女にはそう聞こえたに違いない。
「さーせん、何でもないっす」
「言葉遣いは正しく」
「すみません」
また言い直しをさせられてしまい、聞いていた航太がくすっと笑った。