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第112話 虚構世界の赤ん坊

 少しは仕事に慣れてきた木曜日。航太の部屋で夕食を食べ終えた頃、彼のデバイスに着信があった。

 テーブルの隅に置いたそれを取り上げて、航太は「日南さんだ」と少し目を丸くする。

 そのまま航太が通話に応じたため、オレはなんとなく奥の部屋に移動した。

「お疲れさまです、日南さん」

「お疲れさま。今、時間平気?」

「ええ、ちょうど食事を済ませたところです。何かあったんですか?」

 たぶんスピーカーにしたのだろう、航太が席を立って食器を片付ける音がする。

「仕事のことで千葉くんと話したくてさ」

 オレはベッドへ寝転がり、できれば聞きたくない声から逃げるように丸くなる。

「記録課が廃止されて、俺、虚構世界管理部に異動になったんだ」

「えっ、そうだったんですか? 一坂さんは?」

「彼女もだよ。川辺局長代理の指名らしくてね。で、記憶が結合してることはそっちも知ってるよな」

「ええ、もちろんです」

 記録課がなくなったことは、初日のアナウンスで聞いたけど、まさか管理部へ異動になるとは。

「実は業務課からの報告を見てて、ちょっと気になることが出てきてるんだ。明日には連絡があるだろうけど、千葉くんたちは虚構世界で赤ん坊を見てないか?」

「赤ん坊?」

 いったい何の話だ?

「いくつか見かけたっていう報告があるんだよ。でも、すぐにいなくなっちゃって、あれが何なのか分からないっていう」

 片付けを終えたらしい航太が、椅子へ座る音がした。

「まだ見ていませんが、その赤ん坊が気になることですか?」

「うん。だってあちこちの虚構世界で目撃されてるんだ。もっとも、今は結合のせいで虚構世界の多くが不安定な状態にある」

 ふと詐欺師の話が脳裏をよぎった。航太はあれも、記憶が結合したせいではないかと言っていた。

「管理部では暫定的ざんていてきに幽霊と呼んでるんだけど、何か影響がありそうな気がしてならないんだよ」

 困ったように言う日南へ、真面目な航太は返す。

「そうですか、情報共有ありがとうございます。今後は僕たちも気をつけてみます」

「うん、そうしてくれると助かる。今は一つでも多く情報が欲しいからさ」

「そうですよね。ところで、検索の方はまだできませんか?」

「ああ、分離された記憶の情報は出るんだけどね。他はさっぱりなんだ。おかげで幽霊の足跡もつかめない」

「いずれにしても分離作業を続けるしかない、ということですね」

「そういうことだな。慣れない作業で大変でしょう?」

「いえ、謎解きみたいで楽しいですよ」

「それならいいけど。じゃあ、また」

「はい、また」

 通話がようやく終了し、オレはそろりとベッドから出て航太の元へ戻る。

「やっぱり影響が?」

「分からないが、そうかもしれないな」

 と、航太はため息をついた。

「幽霊って言ってたな。オレ、そういうの苦手なんだけど」

 向かいの椅子へ腰をかければ、航太が小さく首をかしげる。

「そうだったか?」

「うん、ホラー映画とか見れない」

「……じゃあ、見るか。怖がる楓が見たい」

「やめろって!」

 声を上ずらせたオレへ航太はおかしそうに笑った。

「冗談だよ」

「お前の冗談は分かりにくいんだよ! 普段から意地悪だしっ」

「それはすまないな」

 言いながらも顔は笑っている。内心でムカつくと思いながらも、オレはそれ以上怒る気になれないのだった。

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