少しは仕事に慣れてきた木曜日。航太の部屋で夕食を食べ終えた頃、彼のデバイスに着信があった。
テーブルの隅に置いたそれを取り上げて、航太は「日南さんだ」と少し目を丸くする。
そのまま航太が通話に応じたため、オレはなんとなく奥の部屋に移動した。
「お疲れさまです、日南さん」
「お疲れさま。今、時間平気?」
「ええ、ちょうど食事を済ませたところです。何かあったんですか?」
たぶんスピーカーにしたのだろう、航太が席を立って食器を片付ける音がする。
「仕事のことで千葉くんと話したくてさ」
オレはベッドへ寝転がり、できれば聞きたくない声から逃げるように丸くなる。
「記録課が廃止されて、俺、虚構世界管理部に異動になったんだ」
「えっ、そうだったんですか? 一坂さんは?」
「彼女もだよ。川辺局長代理の指名らしくてね。で、記憶が結合してることはそっちも知ってるよな」
「ええ、もちろんです」
記録課がなくなったことは、初日のアナウンスで聞いたけど、まさか管理部へ異動になるとは。
「実は業務課からの報告を見てて、ちょっと気になることが出てきてるんだ。明日には連絡があるだろうけど、千葉くんたちは虚構世界で赤ん坊を見てないか?」
「赤ん坊?」
いったい何の話だ?
「いくつか見かけたっていう報告があるんだよ。でも、すぐにいなくなっちゃって、あれが何なのか分からないっていう」
片付けを終えたらしい航太が、椅子へ座る音がした。
「まだ見ていませんが、その赤ん坊が気になることですか?」
「うん。だってあちこちの虚構世界で目撃されてるんだ。もっとも、今は結合のせいで虚構世界の多くが不安定な状態にある」
ふと詐欺師の話が脳裏をよぎった。航太はあれも、記憶が結合したせいではないかと言っていた。
「管理部では
困ったように言う日南へ、真面目な航太は返す。
「そうですか、情報共有ありがとうございます。今後は僕たちも気をつけてみます」
「うん、そうしてくれると助かる。今は一つでも多く情報が欲しいからさ」
「そうですよね。ところで、検索の方はまだできませんか?」
「ああ、分離された記憶の情報は出るんだけどね。他はさっぱりなんだ。おかげで幽霊の足跡もつかめない」
「いずれにしても分離作業を続けるしかない、ということですね」
「そういうことだな。慣れない作業で大変でしょう?」
「いえ、謎解きみたいで楽しいですよ」
「それならいいけど。じゃあ、また」
「はい、また」
通話がようやく終了し、オレはそろりとベッドから出て航太の元へ戻る。
「やっぱり影響が?」
「分からないが、そうかもしれないな」
と、航太はため息をついた。
「幽霊って言ってたな。オレ、そういうの苦手なんだけど」
向かいの椅子へ腰をかければ、航太が小さく首をかしげる。
「そうだったか?」
「うん、ホラー映画とか見れない」
「……じゃあ、見るか。怖がる楓が見たい」
「やめろって!」
声を上ずらせたオレへ航太はおかしそうに笑った。
「冗談だよ」
「お前の冗談は分かりにくいんだよ! 普段から意地悪だしっ」
「それはすまないな」
言いながらも顔は笑っている。内心でムカつくと思いながらも、オレはそれ以上怒る気になれないのだった。