次の日、さっそく灰塚さんから話があった。
「みんな、聞いてくれ」
と、始業開始とともに全員の視線を集める。
「虚構世界管理部からの連絡で、どうやら幽霊の報告が多数上がっているらしい。主な報告内容は、赤ん坊の声を聞いた、赤ん坊が現れたと思ったら次の瞬間にはいなくなっていた、といったものだ」
具体的な現象を聞くとたしかに幽霊っぽい。嫌だな、考えただけでゾッとしてきた。
「それっぽいものを見かけたら、必ず報告書に書くように。以上だ、仕事を始めてくれ」
「はい」
何人かが返事をし、オレは気乗りしない顔で席を立った。
森の中に湖があった。向こう岸が見える程度の大きさで、ほとりを歩いていた時だった。
「ねぇ、田村くん。前からちょっと気になってたんだけど」
と、舞原さんが突然話しかけてきた。
「え、何すか?」
横に並んだ彼女へ顔を向ける。舞原さんはどこか真面目な顔でたずねた。
「宇宙育ちってどういうことなの?」
そっちか。樋上さんみたいに、どうして航太と付き合ってるのか聞かれるのかと思った。
オレは視線を前へ戻して言葉を探す。十メートルくらい先に航太の背中があった。
「どこから説明すればいいか分かんないっすけど、親が宇宙飛行士で」
「ご両親とも?」
「ええ、母親はオレを産むんであきらめたんですが、その前までは宇宙飛行士になるために頑張ってたとか」
舞原さんが目を丸くする。
「それで?」
「父親の方は宇宙飛行士になれて、いざ宇宙に行こうという時にとあるプロジェクトがあったんすね。それで家族を連れて宇宙にってわけです」
「その時、あなたは何歳だったの?」
「八歳です。小学二年の途中でした」
「それから、ずっと……?」
「ええ。オレにもよく分かんねぇですけど、地球の子ども代表って感じだったみたいっすね」
「……あなた、実はとんでもない子よね?」
と、舞原さんがうかがうような目をし、オレは困ってしまった。
「分からないです」
どうしてオレだけが宇宙で育つことになったのか、本当のところはよく知らない。父さんと上層部の人たちにどんな約束があったのかも。
「まあ、いいわ。答えてくれてありがとう」
「いえ」
話が終わったところで、オレたちはそれぞれに周囲へ視線をやった。
このあたりに境界線はなさそうだが、住人ならいるかもしれない。それを探している途中だった。
ふいにがさがさと音がし、舞原さんが足を止めた。
「あそこに何かいるわ」
一歩遅れてオレも立ち止まると、すぐ左手の茂みからきゃっきゃという赤ん坊のような声がした。ん、赤ん坊?
草をかき分け現れたのは、素っ裸の小さい赤ん坊だった。ハイハイをしているのにやたらと速い。
「ぎゃー!」
「出たー!?」
舞原さんと一緒になって叫んでしまい、近づいてくる赤ん坊にオレは「ひぃっ」とあとずさる。
気づいた航太が振り返った時には、赤ん坊は湖の中へ姿を消していた。笑い声ももう聞こえない。
「どうしましたか?」
と、駆けつけた航太に舞原さんが青白い顔で説明する。
「出たの、出たのよ、幽霊が!」
「幽霊って、赤ん坊の?」
「そうよ! 田村くんも見たわよね!?」
「ええ、見たっす。マジで赤ん坊で、そこに入って……」
と、湖を指さしてその異常さにあらためて恐怖する。ぼちゃんという音もなく、飲み込まれるように入っていったからだ。
「湖の中に? なるほど、幽霊と呼ばれるわけだ」
見ていない航太はやけに冷静で、オレは舞原さんと顔を見合わせてしまう。
「何だったの、あれ」
「分かんねぇっす。でもなんか、気持ち悪かったというか」
「たしかにそうね、何か変だったわ」
ただの赤ん坊とは思えない。もっとも、ここは虚構世界だ。誰かが想像した他と違う赤ん坊なのかもしれない。