その後は順調に住人と境界線を見つけ、スムーズに作業を終わらせることができた。
オフィスへ戻って報告書を作っていると、B班の三人が戻って来た。
「お疲れさまです」
と、深瀬さんが声をかけてきて、オレたちはそれぞれに返す。
深瀬さんたちもデスクへ着いて報告書を書き始めた。
一足先に暇になったオレは、時刻を確認して息をつく。昼休みまではまだ十分以上ある。
すると寺石が急に口を開いた。
「あの……さっき、幽霊に会ったんすよ」
はっとしてオレは彼の方を見る。航太も寺石を見て言った。
「そっちにも出たのか」
「はい、すぐ消えちゃいましたけど」
すでに報告書を書き終えたのだろう、深瀬さんが立ち上がった。
「千葉くんたちも見たのかい?」
と、二人のそばへ歩み寄った。
「ええ、僕は見てないんですが、舞原さんと楓が目撃しました」
深瀬さんの視線が舞原さんへ向かう。
「噂通り、赤ん坊だったわ。急に出てきたかと思ったら、すぐに消えちゃって何が何やらよ」
「俺は鏡の中へ入っていくのを見ました。本当に幽霊みたいで、ちょっと不気味でしたよ」
と、深瀬さんが返し、麦嶋さんも口を開く。
「しかもこっちは夜の学校ですよ。もうあたし、怖くて立ちすくんでました」
「こっちは湖っすよ?」と、オレも口を出す。
「しかも素っ裸で、気味悪ぃっつーか」
「ああ、たしかに服は着ていなかったな」
深瀬さんがうなずき、航太は顎に手を当てながら言う。
「管理部の知り合いから聞いたんですが、虚構世界のあちこちに出現しているそうです。赤ん坊とのことですし、迷子になってさまよっているのでは?」
全員が航太に注目し、深瀬さんは苦い顔をした。
「でも、笑ってたぜ? それに虚構なんだし……」
いつもの優しい口調ではなくなっているところを見ると、幽霊との遭遇で動揺している様子だ。
航太はかまうことなく「これは僕の推測ですが」と、前置きをしてから語り始めた。
「赤ん坊はまだ状況を把握できる能力を持っていません。歩けるようになったばかりで、楽しくて歩いているうちに迷子になったものと考えられます。さらに現在は、あらゆる記憶が結合して混乱している状態です。何らかの理由でどこかの虚構世界から、赤ん坊だけが飛び出してしまったのではないでしょうか?」
さすがミステリ好きの読書家だ。立派な考察だとは思うけど、情報の少ない現時点では
「うーん、そういうもんかなぁ」
深瀬さんはにごすように苦笑し、自分の席へと戻った。
すると麦嶋さんが言う。
「ありえない話ではないけど、だとしたら、あの子を捕まえて元の世界に戻さないと」
なるほど、それもそうだ。
航太は軽く息をついてから返した。
「そのためにもまだ情報が必要だな。分離作業を進めていくことで、本来の居場所も分かってくるはずだ」
「そうだね。頑張ってやっていこう」
麦嶋さんの言葉にオレは水を差す。
「っつっても、一日に二件が限界じゃねぇか。前みたいに三件、四件って次々にできねぇからつまんねぇよ」
直後、すかさず舞原さんが返した。
「一件に時間がかかるんだから仕方ないでしょう? あなたも千葉くんを見習って頭を使いなさい」
「めんどくせーです」
「じゃあ、千葉くんと離れて単独行動、任せられるかしら?」
にやりと舞原さんが笑い、オレは慌てて表情を引き締めた。
「さーせんしたっ!」
「日本語は正しく」
「すみませんでした!」
航太がくすくすと笑い、深瀬さんたちまでつられるように笑いだす。
オレは恥ずかしくてたまらなかったが、舞原さんには逆らえなかった。