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第114話 立派な考察

 その後は順調に住人と境界線を見つけ、スムーズに作業を終わらせることができた。

 オフィスへ戻って報告書を作っていると、B班の三人が戻って来た。

「お疲れさまです」

 と、深瀬さんが声をかけてきて、オレたちはそれぞれに返す。

 深瀬さんたちもデスクへ着いて報告書を書き始めた。

 一足先に暇になったオレは、時刻を確認して息をつく。昼休みまではまだ十分以上ある。

 すると寺石が急に口を開いた。

「あの……さっき、幽霊に会ったんすよ」

 はっとしてオレは彼の方を見る。航太も寺石を見て言った。

「そっちにも出たのか」

「はい、すぐ消えちゃいましたけど」

 すでに報告書を書き終えたのだろう、深瀬さんが立ち上がった。

「千葉くんたちも見たのかい?」

 と、二人のそばへ歩み寄った。

「ええ、僕は見てないんですが、舞原さんと楓が目撃しました」

 深瀬さんの視線が舞原さんへ向かう。

「噂通り、赤ん坊だったわ。急に出てきたかと思ったら、すぐに消えちゃって何が何やらよ」

「俺は鏡の中へ入っていくのを見ました。本当に幽霊みたいで、ちょっと不気味でしたよ」

 と、深瀬さんが返し、麦嶋さんも口を開く。

「しかもこっちは夜の学校ですよ。もうあたし、怖くて立ちすくんでました」

「こっちは湖っすよ?」と、オレも口を出す。

「しかも素っ裸で、気味悪ぃっつーか」

「ああ、たしかに服は着ていなかったな」

 深瀬さんがうなずき、航太は顎に手を当てながら言う。

「管理部の知り合いから聞いたんですが、虚構世界のあちこちに出現しているそうです。赤ん坊とのことですし、迷子になってさまよっているのでは?」

 全員が航太に注目し、深瀬さんは苦い顔をした。

「でも、笑ってたぜ? それに虚構なんだし……」

 いつもの優しい口調ではなくなっているところを見ると、幽霊との遭遇で動揺している様子だ。

 航太はかまうことなく「これは僕の推測ですが」と、前置きをしてから語り始めた。

「赤ん坊はまだ状況を把握できる能力を持っていません。歩けるようになったばかりで、楽しくて歩いているうちに迷子になったものと考えられます。さらに現在は、あらゆる記憶が結合して混乱している状態です。何らかの理由でどこかの虚構世界から、赤ん坊だけが飛び出してしまったのではないでしょうか?」

 さすがミステリ好きの読書家だ。立派な考察だとは思うけど、情報の少ない現時点では信憑性しんぴょうせいがなく、想像にすぎない。

「うーん、そういうもんかなぁ」

 深瀬さんはにごすように苦笑し、自分の席へと戻った。

 すると麦嶋さんが言う。

「ありえない話ではないけど、だとしたら、あの子を捕まえて元の世界に戻さないと」

 なるほど、それもそうだ。

 航太は軽く息をついてから返した。

「そのためにもまだ情報が必要だな。分離作業を進めていくことで、本来の居場所も分かってくるはずだ」

「そうだね。頑張ってやっていこう」

 麦嶋さんの言葉にオレは水を差す。

「っつっても、一日に二件が限界じゃねぇか。前みたいに三件、四件って次々にできねぇからつまんねぇよ」

 直後、すかさず舞原さんが返した。

「一件に時間がかかるんだから仕方ないでしょう? あなたも千葉くんを見習って頭を使いなさい」

「めんどくせーです」

「じゃあ、千葉くんと離れて単独行動、任せられるかしら?」

 にやりと舞原さんが笑い、オレは慌てて表情を引き締めた。

「さーせんしたっ!」

「日本語は正しく」

「すみませんでした!」

 航太がくすくすと笑い、深瀬さんたちまでつられるように笑いだす。

 オレは恥ずかしくてたまらなかったが、舞原さんには逆らえなかった。

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