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第116話 マーダーミステリー・前編

 自分の部屋で気が済むまで泣いて、少しだけ眠って、洗濯物を取りに行った。

 それから食堂で昼飯を食べてから、航太の部屋へ行った。

「待ってたぞ」

 と、笑顔で迎えてくれた彼を見るなり、急に気持ちが沈んでしまった。

 靴を脱いで室内へ上がり、ダイニングへ入ったところで航太が言う。

「どうかしたか? 元気がないみたいだが」

「……ちょっとだけ、ハグして」

 小さな声で言いつつ彼に抱きつき、肩に頬を寄せて息をつく。

「何かあったんだな」

「何もねぇよ。ただ、甘えたいだけ……」

 素直になれないのは悪い癖だが、樋上さんのことを話したら航太の気持ちも暗くなってしまう。

 航太はぎゅっとオレを抱きしめてくれた。

 しばらく黙って抱き合っていると、ふいに航太が口を開いた。

「そうだ、ゲームをしないか?」

「え、急に何だよ?」

 戸惑いながら顔を上げたオレへにこにこと笑う。

「マーダーミステリーだ。この前見つけてちょっとやってみたんだが、なかなかおもしろくてな。二人プレイもできるから、やってみたいと思って」

 航太の目がきらきらと輝いている。これはどうやら嘘ではなさそうだ。

 どちらともなく離れて奥の部屋へ移動する。

「いいけど、どうやってやるんだ?」

「そっちにもアプリをインストールしてもらう必要があるな。貸してくれるか?」

「ああ」

 一緒にベッドに腰かけ、オレは左手首からデバイスを外して渡した。

「あっ、暗証番号」

「5103149だろ?」

「何で知ってんだよっ」

 図星を当てられて思わず頬が熱くなる。

「どういう意味かは知らないぞ。見たことがあるだけだ」

「そ、それでもダメだろ」

 オレも航太の暗証番号を知っているのは棚に上げるとして、意味まで知ってたらどうしようかと思った。まさか語呂合わせで航太大好き、にしているなんて知られたら、恥ずかしすぎて死ぬ。

 オレがじっと恥ずかしさに耐えている間に、航太は「ミステリー☆パーティー」とかいうアプリをインストールし終えた。

「できたぞ」

「おう」

 デバイスを受け取り、ベルトを縮めて背面に収納する。それからモニターを引き出してアプリを起動させた。

 どの層に向けられたものなのか、妙にほのぼのとしたイラストのアプリだった。チュートリアルは特に無いようで、子どもでもできるシンプルなゲームのようだ。

 航太もまた自分のデバイスを操作して言う。

「下に二人プレイっていう文字、あるだろう?」

「これ押せばいいのか?」

「ああ、そうだ。自動的に周辺機器を検索してくれる」

 その言葉通り、数秒ほどでオレと航太のデバイスの連携れんけいが完了した。

「よし。次はプレイするシナリオを選ぶぞ。どれがいい?」

「どれでもいい」

「じゃあ、試食会殺人事件にしよう」

 航太が選ぶとオレの画面も切り替わった。

 舞台は架空の町「みかん町」。駅前にそびえ立つホテルで行われた新作ケーキの試食会で殺人事件が起きた。

 聞きつけた探偵と助手は現場へ急行し……というのが前置き。

「お前、どっちの役がいい?」

「助手かな」

「じゃあ、僕が探偵だな」

 それぞれに役割を選び、ついにゲームが始まった。

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