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第118話 マーダーミステリー・後編

 オレはにやりと口角を上げた。

「最初から怪しいと思ってたよ。試食会の途中、わざわざ被害者へ挨拶に来てたし、その時の様子を詳細に語ってくれたのは友人だけだった」

「あー、なるほど」

「だから早い段階で友人を容疑者から外してた。決め手は釣りだ」

「理由を聞いてもいいか?」

「被害者を殺したいなら、二人で釣りに行った時に、海でも川でもいいから突き落としてやればいい。簡単に事故死に見せかけられる。でもそうしなかった」

「うーん、たしかに試食会でわざわざ殺す、というのは変だな」

「だから外したんだ。で、残るは奥さんか支配人だけど、被害者のコーヒーカップは奥さんから遠い位置にあった。被害者が一度席を立ったとしても、近くには友人がいるんだから、見られる可能性があるだろ?」

「そうか、位置関係か」

「一方で支配人はコーヒーカップのある側に立って挨拶をした。話をしている間にこっそり毒を入れたんだ。友人もそれには気づかなかったが、その後で被害者がコーヒーを飲んで苦しみだしたと語ってくれた」

「ああ、考えてみればシンプルだったな」

「航太はちょっと考えすぎたな。事実だけを追っていけばよかったんだ」

「そうだな」

 と、航太はオレの隣へ寝転がった。

「楓も推理できるじゃないか。仕事に活かそうとしないのは何でだ?」

 突然の問いかけに、オレは寝返りを打って航太へ体を向ける。

「ゲームは楽しい。仕事は楽しくない」

「仕事もゲームみたいなものだって言ってなかったか?」

「内容が変わっちまっただろ。オレは推理ゲームがしたいわけじゃない」

 むっと唇をとがらせたオレを、航太は優しい目で見つめた。

「そうだったな。けど、そろそろ責任感も覚えないと」

 そんなことを言われても困る。記憶が結合して、現在の状況があるのはたしかだけれど。

「オレは分離だけやってるよ。推理は航太たちに任せる」

「そういうわけにもいかないだろう? まあ、気が向いたら手伝ってくれ」

「……うん」

 航太の手がオレの頬を撫でる。

「そろそろ舞原さんにも、楓のいいところを見せた方がいい」

「オレのいいところって?」

「頭がよくて、いろいろなことを知っていて、賢いところ」

「だったら、オレより航太の方が賢いだろ」

「いや、お前には負けるよ」

 すぐ脇に置いたデバイスを遠ざけてから、オレは航太との距離を詰めた。

 息が触れ合うほど近くで言う。

「オレは漢字が苦手だけど、航太にはそういうのないじゃん」

「でも器用貧乏だ」

「そんなことない。航太は何でもできて万能だ」

「漢字は苦手と言いつつ、言葉は知ってるんだよな。僕が言っているのはそういうところだよ、楓」

 航太がくすりと笑ってオレを抱きしめた。

 何だかよく分からなかったけど、オレも航太の背中に腕を回した。

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