オレはにやりと口角を上げた。
「最初から怪しいと思ってたよ。試食会の途中、わざわざ被害者へ挨拶に来てたし、その時の様子を詳細に語ってくれたのは友人だけだった」
「あー、なるほど」
「だから早い段階で友人を容疑者から外してた。決め手は釣りだ」
「理由を聞いてもいいか?」
「被害者を殺したいなら、二人で釣りに行った時に、海でも川でもいいから突き落としてやればいい。簡単に事故死に見せかけられる。でもそうしなかった」
「うーん、たしかに試食会でわざわざ殺す、というのは変だな」
「だから外したんだ。で、残るは奥さんか支配人だけど、被害者のコーヒーカップは奥さんから遠い位置にあった。被害者が一度席を立ったとしても、近くには友人がいるんだから、見られる可能性があるだろ?」
「そうか、位置関係か」
「一方で支配人はコーヒーカップのある側に立って挨拶をした。話をしている間にこっそり毒を入れたんだ。友人もそれには気づかなかったが、その後で被害者がコーヒーを飲んで苦しみだしたと語ってくれた」
「ああ、考えてみればシンプルだったな」
「航太はちょっと考えすぎたな。事実だけを追っていけばよかったんだ」
「そうだな」
と、航太はオレの隣へ寝転がった。
「楓も推理できるじゃないか。仕事に活かそうとしないのは何でだ?」
突然の問いかけに、オレは寝返りを打って航太へ体を向ける。
「ゲームは楽しい。仕事は楽しくない」
「仕事もゲームみたいなものだって言ってなかったか?」
「内容が変わっちまっただろ。オレは推理ゲームがしたいわけじゃない」
むっと唇をとがらせたオレを、航太は優しい目で見つめた。
「そうだったな。けど、そろそろ責任感も覚えないと」
そんなことを言われても困る。記憶が結合して、現在の状況があるのはたしかだけれど。
「オレは分離だけやってるよ。推理は航太たちに任せる」
「そういうわけにもいかないだろう? まあ、気が向いたら手伝ってくれ」
「……うん」
航太の手がオレの頬を撫でる。
「そろそろ舞原さんにも、楓のいいところを見せた方がいい」
「オレのいいところって?」
「頭がよくて、いろいろなことを知っていて、賢いところ」
「だったら、オレより航太の方が賢いだろ」
「いや、お前には負けるよ」
すぐ脇に置いたデバイスを遠ざけてから、オレは航太との距離を詰めた。
息が触れ合うほど近くで言う。
「オレは漢字が苦手だけど、航太にはそういうのないじゃん」
「でも器用貧乏だ」
「そんなことない。航太は何でもできて万能だ」
「漢字は苦手と言いつつ、言葉は知ってるんだよな。僕が言っているのはそういうところだよ、楓」
航太がくすりと笑ってオレを抱きしめた。
何だかよく分からなかったけど、オレも航太の背中に腕を回した。