祝日の月曜日、何故かオレは東風谷に呼び出されていた。
「何でオレだけなんだよ」
顔を合わせて早々にオレが文句をぶつけると、東風谷はあいかわらず明るい顔で笑う。
「千葉くんもいいんだけどさ、なんとなく田村の方が話しやすいんだよねぇ」
「で?」
「ここ、屋上あったよね。飲み物でも飲みながら話そう」
「分かった」
駅前の商業施設へ入り、屋上テラスへ向かう。
まだ午前中だからか人はまばらだった。自動販売機でそれぞれ飲み物を購入し、近くのベンチへ腰かける。
「田村たちには話してなかったことが、ひとつあるんだ」
コーラの缶へ口をつけ、東風谷は遠い目をしながら言う。
「終幕管理局に智乃さんの父親がいてさ、俺たちに情報を流してくれてたんだ」
「……スパイってことか?」
「うん」
びっくりしたが、同時に思考回路が働き出す。ペットボトルの蓋を開け、オレンジジュースをいくらか飲んでから返した。
「そういや、警察が拠点らしきところに踏み込んだけど、空だったらしいな。そうした情報も流して、先に逃げてたってわけか」
「そういうこと。だけど、そこでスパイ疑惑が浮上して、結局長尾さんは捕まってしまった」
「……そうだったのか」
「記録課に務めてたんだけどね、捕まる直前に辞表を出してさ。その数日後に逮捕されて、長いこと留置場にいたんだけど」
横目に東風谷を見る。
「けど、何だ?」
「その罪すら
「は?」
そんなことがありうるのか?
「前にも話したけど、司法がパンクしてるんだよ。何が犯罪で誰を
「やべぇだろ、それ……」
頬を引きつらせるオレへ、東風谷は冷静な顔でうなずく。
「まともな一部の人たちが頑張ってるみたいだけど、日に日に有耶無耶で曖昧な部分が増えていってる。社会が崩壊するまで数ヶ月もかからないかもしれない」
オレはペットボトルの中で揺れるオレンジ色を見つめ、ため息をついた。
「さっさと片付けた方がよさそうだな」
「うん。長尾さんが釈放されたのは喜ばしいんだけどね」
東風谷がそう言って苦笑し、コーラをぐいっと飲んだ。
遠くで生み出された風がゆるやかに屋上を通り過ぎていく。
「……あれも、そうかもね」
ふいに東風谷が言い、オレは彼と同じ方向を見やる。自動販売機の前に一人の女性が立っていた。
「あの人、俺たちが来た時から、ずっとあそこに突っ立ってる」
「あんなところにいたら邪魔だろ」
「うん。でも本人は自覚がないみたいだ。たぶん、SNSでちょっと話題になってる、ぼんやりしてる人たちの一人だよ」
初耳の情報だった。
「事故に遭ったとか、頭をぶつけたわけでもないのに、記憶が思い出せないって人もいた。明らかに知らない記憶が自分の中にあって、それで困惑してる人とかも」
「この前の詐欺師もそれだな」
「うん、そういうことだったのかって思った。どれもこれも、記憶が結合してるせいなんだろう」
虚構世界の幽霊の話をするかどうか迷ってやめた。まだ確実なことが分かっていないからだ。
代わりにオレは「嫌な話だな」と、小さくつぶやいた。