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第119話 嫌な話

 祝日の月曜日、何故かオレは東風谷に呼び出されていた。

「何でオレだけなんだよ」

 顔を合わせて早々にオレが文句をぶつけると、東風谷はあいかわらず明るい顔で笑う。

「千葉くんもいいんだけどさ、なんとなく田村の方が話しやすいんだよねぇ」

「で?」

「ここ、屋上あったよね。飲み物でも飲みながら話そう」

「分かった」

 駅前の商業施設へ入り、屋上テラスへ向かう。


 まだ午前中だからか人はまばらだった。自動販売機でそれぞれ飲み物を購入し、近くのベンチへ腰かける。

「田村たちには話してなかったことが、ひとつあるんだ」

 コーラの缶へ口をつけ、東風谷は遠い目をしながら言う。

「終幕管理局に智乃さんの父親がいてさ、俺たちに情報を流してくれてたんだ」

「……スパイってことか?」

「うん」

 びっくりしたが、同時に思考回路が働き出す。ペットボトルの蓋を開け、オレンジジュースをいくらか飲んでから返した。

「そういや、警察が拠点らしきところに踏み込んだけど、空だったらしいな。そうした情報も流して、先に逃げてたってわけか」

「そういうこと。だけど、そこでスパイ疑惑が浮上して、結局長尾さんは捕まってしまった」

「……そうだったのか」

「記録課に務めてたんだけどね、捕まる直前に辞表を出してさ。その数日後に逮捕されて、長いこと留置場にいたんだけど」

 横目に東風谷を見る。

「けど、何だ?」

「その罪すら有耶無耶うやむやになってるっぽいんだよね。この前、長尾さんが釈放しゃくほうされたよ」

「は?」

 そんなことがありうるのか?

「前にも話したけど、司法がパンクしてるんだよ。何が犯罪で誰をさばけばいいのか、分からなくなってるんだ」

「やべぇだろ、それ……」

 頬を引きつらせるオレへ、東風谷は冷静な顔でうなずく。

「まともな一部の人たちが頑張ってるみたいだけど、日に日に有耶無耶で曖昧な部分が増えていってる。社会が崩壊するまで数ヶ月もかからないかもしれない」

 オレはペットボトルの中で揺れるオレンジ色を見つめ、ため息をついた。

「さっさと片付けた方がよさそうだな」

「うん。長尾さんが釈放されたのは喜ばしいんだけどね」

 東風谷がそう言って苦笑し、コーラをぐいっと飲んだ。

 遠くで生み出された風がゆるやかに屋上を通り過ぎていく。

「……あれも、そうかもね」

 ふいに東風谷が言い、オレは彼と同じ方向を見やる。自動販売機の前に一人の女性が立っていた。

「あの人、俺たちが来た時から、ずっとあそこに突っ立ってる」

「あんなところにいたら邪魔だろ」

「うん。でも本人は自覚がないみたいだ。たぶん、SNSでちょっと話題になってる、ぼんやりしてる人たちの一人だよ」

 初耳の情報だった。

「事故に遭ったとか、頭をぶつけたわけでもないのに、記憶が思い出せないって人もいた。明らかに知らない記憶が自分の中にあって、それで困惑してる人とかも」

「この前の詐欺師もそれだな」

「うん、そういうことだったのかって思った。どれもこれも、記憶が結合してるせいなんだろう」

 虚構世界の幽霊の話をするかどうか迷ってやめた。まだ確実なことが分かっていないからだ。

 代わりにオレは「嫌な話だな」と、小さくつぶやいた。

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