目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第122話 遅効性の毒

 昼休みに入ると航太が言った。

「すまない、楓。ちょっと虚構世界管理部へ行ってくる」

「え、何で?」

「少し気になることがあるんだ。あそこには日南さんもいるから、話を聞いてくる」

「……そっか。分かった」

 航太が出て行くのを見送ると、今度は寺石が話しかけてきた。

「あの、田村先輩。よければ一緒に昼飯、食いませんか?」

「ああ、いいけど」

「ちょっと相談したいことがあるんです」

 マジか。びっくりする一方で、やっぱり今朝のことだろうかと考える。

「分かった。売店行こうぜ」

「はい」


 二人でゆっくり話をするなら、売店で買って外で食べるのがいい。敷地内にはベンチがいくつも設置されているし、他の誰かに聞かれる心配もない。

「で?」

 カレーパンの袋を開けながらオレが言うと、寺石は小さくため息をついた。

「深瀬さんのこと、なんすけど……」

 やっぱりか。

「いい人なのは分かるんです。でもちょっと、怖いなって思っちゃって」

 苦笑する寺石を見つつ、オレは言葉を選ぶ。

「今朝のこと、引きずってたのか」

「はい。あんな風に否定されるとは思ってなくて」

「うーん、否定したわけじゃねぇと思うけどな」

 パンを食べ進めながらオレは言う。

「深瀬さんはなんつーか、真面目なんだよ。言葉に対してもそうだ」

「言葉に真面目、っすか?」

「だから、お前の言葉が軽いのが見てられなかったんだよ」

 寺石は無言になり、焼きそばパンを一口かじる。

「口では何とでも言えるからな。そうじゃなくて、中身がともわないとダメだって深瀬さんは言いたかったんじゃねぇの?」

「……」

「夢を持つのは勝手だし、好きにすりゃいいよ。でもさ、仕事は三人でするものだろ? それに夢を持ち込むなってことだよ」

「……」

「持ち込むなら中身がないとダメで、それが深瀬さんの言う信念ってやつなんだ。分かるか?」

「……分からないっす」

 ああ、難しい話をしても理解できねぇか。

 オレは紙パックのレモン牛乳を飲んでから言葉を変える。

「深瀬さんは怖い人じゃねぇよ。ただ、言葉に敏感で、つい毒を吐いちまうんだ。それも遅効性の毒をな」

「ちこうせい……?」

「後からじわじわ効いてくるやつだよ。航太はそうしたところも気に入って、深瀬さんを尊敬してる。オレはまあ、航太ほどじゃねぇけど、先輩としてうやまってるつもりだよ」

「……難しいですね」

 寺石が苦笑いを浮かべ、オレはうなずいた。

「そうだな」

 コミュニケーションに関しては、オレも人のことは言えない。けれど、寺石が悩んでいるなら力になりたいと思う。

「深瀬さんも班長になるのは初めてだし、あの人もきっと悩んでるよ」

 すると寺石がオレをまっすぐに見つめた。

「先輩はどっちの味方なんですか?」

「えっ、それは……」

 どっちでもないと無難な返答をしたいところだが、それではダメな気がした。

「別に、どっちってわけでもねぇけど……その、どちらかと言えば、寺石の味方でありたいよ」

 言ってから恥ずかしくなり、もぐもぐとパンを食べる。

「ありがとうございます! 田村先輩、大好きっす!」

 と、寺石が軽く言ってのけて、オレはますます顔が熱くなるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?