目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

☆第123話 そういう愛の形

 虚構世界管理部から戻ると、楓の姿がなかった。

「あれ、楓がいない……」

 小さな声でつぶやいてから、気を取り直して深瀬さんの方へ歩み寄る。

「深瀬さん、幽霊について新しい情報が入りましたよ」

「新しい情報って?」

「先ほど、管理部に行って聞いてきたんです」

 室内にいるのは深瀬さんと樋上さん、舞原さんの三人だけだった。

「ああ、知り合いがいるって言ってたね」

 と、深瀬さんが返し、僕は三柴さんの椅子へ腰を下ろした。

「幽霊こと赤ん坊なんですが、どうやら成長しているようです」

 深瀬さんは目を丸くしながらも、缶コーヒーに口をつける。

「最初は体長五十センチほどだったそうですが、最新の情報では一メートル十センチほどあるだろうとのことでして」

「それ、もう赤ん坊じゃねぇじゃん」

 と、樋上さんが横から口を出し、僕は否定する。

「いえ、姿は赤ん坊なんです。赤ん坊のまま、大きさだけが変わってるんですよ」

 樋上さんは眉間にしわを寄せ、深瀬さんが彼へ言う。

「俺も見ましたよ。たしかに大きな赤ん坊でした」

「マジかよ、気持ち悪ぃ……」

 僕も同じ気持ちだ。管理部で日南さんから話を聞いた時は驚いた。しかし、どうやら事実らしいのだから仕方がない。

「その異様な姿から、目撃証言もどんどん増えてきています。ですが、すぐに消えてしまうので詳細がつかめなくて、管理部でももどかしく思っているとのことです」

 樋上さんが視線をそらして会話から離脱りだつし、深瀬さんが僕へたずねる。

「他には?」

「以上ですね。どこから来たかも不明ですし、大きくなっていることからしても、早く手を打ちたいと言ってました。この先どうなってしまうのか、予測がつかないので」

「うーん、なるほど」

 考え込む様子を見せる深瀬さんだが、口に入れた焼きそばパンを飲みこんでから笑った。

「分かった。最新情報をありがとう、千葉くん」

「いえ。また情報が入ったらお教えします」

 と、僕も笑みを返して立ち上がる。すると寺石が楓と一緒に戻って来た。

「もしかして、二人で食べてたのか?」

 自分のデスクへ戻りながらたずねると、楓は不機嫌そうに返した。

「まあな。疲れたから休ませろ」

「ああ」

 隅に設置されたソファへ楓が堂々と寝転がる。本来は六組の誰もが休みたい時に使っていいものだが、すっかり楓の所有物のようになっていた。

 僕が自分の椅子を引くと、寺石が申し訳無さそうな顔をして言った。

「ちょっと相談に乗ってもらってたんです」

「そうだったか」

 あいかわらず寺石は楓に懐いている。楓は慣れない相談を受けて疲れてしまった、ということだろう。

「二人の仲がよくて僕も嬉しいよ」

 と、僕が返すと寺石はきょとんとした。

「どうして千葉さんが嬉しくなるんすか?」

「え、どうしてと言われると……彼氏だから?」

「彼氏なら嫉妬するんじゃないすか?」

「ああ、いや……えーと」

 寺石は楓が特殊な育ちであることを知らない。かといって一から話すと長くなる。

 困った末に僕は答えた。

「そういう愛の形もあるんだ」

 ソファで楓が吹き出したが、僕は何故笑われたのか分からなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?