虚構世界管理部から戻ると、楓の姿がなかった。
「あれ、楓がいない……」
小さな声でつぶやいてから、気を取り直して深瀬さんの方へ歩み寄る。
「深瀬さん、幽霊について新しい情報が入りましたよ」
「新しい情報って?」
「先ほど、管理部に行って聞いてきたんです」
室内にいるのは深瀬さんと樋上さん、舞原さんの三人だけだった。
「ああ、知り合いがいるって言ってたね」
と、深瀬さんが返し、僕は三柴さんの椅子へ腰を下ろした。
「幽霊こと赤ん坊なんですが、どうやら成長しているようです」
深瀬さんは目を丸くしながらも、缶コーヒーに口をつける。
「最初は体長五十センチほどだったそうですが、最新の情報では一メートル十センチほどあるだろうとのことでして」
「それ、もう赤ん坊じゃねぇじゃん」
と、樋上さんが横から口を出し、僕は否定する。
「いえ、姿は赤ん坊なんです。赤ん坊のまま、大きさだけが変わってるんですよ」
樋上さんは眉間にしわを寄せ、深瀬さんが彼へ言う。
「俺も見ましたよ。たしかに大きな赤ん坊でした」
「マジかよ、気持ち悪ぃ……」
僕も同じ気持ちだ。管理部で日南さんから話を聞いた時は驚いた。しかし、どうやら事実らしいのだから仕方がない。
「その異様な姿から、目撃証言もどんどん増えてきています。ですが、すぐに消えてしまうので詳細がつかめなくて、管理部でももどかしく思っているとのことです」
樋上さんが視線をそらして会話から
「他には?」
「以上ですね。どこから来たかも不明ですし、大きくなっていることからしても、早く手を打ちたいと言ってました。この先どうなってしまうのか、予測がつかないので」
「うーん、なるほど」
考え込む様子を見せる深瀬さんだが、口に入れた焼きそばパンを飲みこんでから笑った。
「分かった。最新情報をありがとう、千葉くん」
「いえ。また情報が入ったらお教えします」
と、僕も笑みを返して立ち上がる。すると寺石が楓と一緒に戻って来た。
「もしかして、二人で食べてたのか?」
自分のデスクへ戻りながらたずねると、楓は不機嫌そうに返した。
「まあな。疲れたから休ませろ」
「ああ」
隅に設置されたソファへ楓が堂々と寝転がる。本来は六組の誰もが休みたい時に使っていいものだが、すっかり楓の所有物のようになっていた。
僕が自分の椅子を引くと、寺石が申し訳無さそうな顔をして言った。
「ちょっと相談に乗ってもらってたんです」
「そうだったか」
あいかわらず寺石は楓に懐いている。楓は慣れない相談を受けて疲れてしまった、ということだろう。
「二人の仲がよくて僕も嬉しいよ」
と、僕が返すと寺石はきょとんとした。
「どうして千葉さんが嬉しくなるんすか?」
「え、どうしてと言われると……彼氏だから?」
「彼氏なら嫉妬するんじゃないすか?」
「ああ、いや……えーと」
寺石は楓が特殊な育ちであることを知らない。かといって一から話すと長くなる。
困った末に僕は答えた。
「そういう愛の形もあるんだ」
ソファで楓が吹き出したが、僕は何故笑われたのか分からなかった。