「あら、とんでもないものが回ってきたわね」
電子メモパッドを見ながら舞原さんがつぶやいた。
怪訝に思うオレたちへ顔を向け、彼女はにこりと微笑む。
「ボーイズラブの世界だそうよ」
げっ、BL!?
ぎょっとするオレだが航太は真面目な顔で返す。
「いつか来ると思っていたんです。楽しみですね」
「何でだよっ」
思わずツッコんだオレへ航太は言う。
「宇宙育ちだから知らないのか? BL」
「い、いや、知ってはいる、けど……っ」
男同士の恋愛を描いた女性向けのジャンルだろ? なんか、やたらエッチな感じの……。
「顔、赤いわよ?」
「っ、だだだ、だって!」
「落ち着け、楓。成人向けじゃないぞ」
「じゃなくてもやべーのあるじゃん!」
叫んだオレを見て舞原さんが腑に落ちた。
「ああ、性的表現があるんじゃないかと想像して、赤くなってたのね」
「そうなんすけど、認めたくないっ!」
まるでオレがスケベみたいじゃないか!!
すると航太が半ば呆れたように言う。
「だから落ち着くんだ、楓。そういう虚構はそれ専門の『幕引き人』がいるだろう?」
はっとして思い出す。そうだった、九組が成人向けを専門に扱っていたはずだ。つまり、こっちにそうしたものが来ることはない。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
二人が勝手に歩き出し、オレは慌てて追いかけた。
「ちょっ、待ってくださいって!」
いったいどんな虚構世界かと思っていたが、意外にも普通だった。
「日本だ」
「ああ、住宅地だな」
と、航太が返す。
よくある現代日本を舞台にしたもので、特に違和感もない。
「歩いてみましょう」
と、舞原さんが先頭に立ち、オレたちは静かな住宅街を散策する。
道の左右に一軒家が建ち並び、地面はグレーのアスファルト。やはり、これまでに何度も見てきた景色と変わらない。
「あ、一人いたわ」
前方に学生服を着た少年が佇んでいた。色は白く中性的な顔立ちで、いわゆる美形というやつだ。
すると航太がひらめいた。
「もしかして今回は、受けと攻めの組み合わせを推理しなければならないのでは?」
受けと攻め、すなわちネコとタチ。
「おもしろいわね、それ!」
途端に舞原さんが目を輝かせ、航太も何故か嬉しそうにうなずいた。
「やる気が出てきましたね」
「ええ。っていうか千葉くん、腐男子なの?」
「海外のBLですが、大学時代に漫画を読み
「あら、それじゃあ腐女子歴二十年の私には勝てないわね」
腐女子だったのかよ、舞原さん……マジか。
っつーか、航太も何でBL読んでんだよ。好奇心旺盛にもほどがあるだろ。
楽しそうにする二人の背中を、オレは複雑な気持ちで見つめた。
見つけた住人は先ほどの学生服とは違う制服の少年が一人、私服の大学生っぽい男が二人、スーツ姿の男が一人と、ジャージ姿の男が一人。合計六人だ。
「うーん、年上受けかもしれないと思うと難しいわね」
顎に手をやりながら舞原さんが悩み、航太も言う。
「ジャージの男性は学生にも見えるし、体育教師のようにも見えますね」
「ええ、年齢不詳の顔してるわ」
「受けか攻めか、どう決めたらいいでしょう?」
二人は顔を見合わせ、舞原さんが言った。
「好みで決めてもいい?」