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埴輪のフィアンセ

「分かったわ。わたしより埴輪はにわが好きなんでしょ」


「そんなこと言うなよ。喜美子きみこのことが一番だって知ってるだろう?」


「でもまた発掘に行くのよね。わたしを置いて」


「仕方がないじゃないか。新しい遺跡がみつかったんだから」


「こうやってわたしたちの幸せも、古墳と共に埋もれて終わって行くのね」


「喜美子。結婚式には前方後円墳のウエディングケーキを用意するからさ」


「それを誰が喜ぶっていうのよ!」


「ごめん。じゃあ行ってくる」


 ぼくは電話を切って家を飛び出した。


※※※※※※


 文字で書かれた資料を研究するのが『歴史学』なら、土器や石器などの遺物を研究するのが『考古学』だ。どちらにもロマンがある。ぼくは新たに遺跡を発掘できたときの感動を追い求める考古学者なのだ。


「先生おはようございます!」


 日曜日の早朝だというのに、生徒たちはもう作業に入っている。ぼくは地層の断面図を書くために張り巡らされた“水糸みずいと”をまたいで現場に入った。


 梅雨どきとはいえ、もうかなり暑い。ぼくは定番のアロハシャツ姿で発掘をはじめた。


「先生。今日はここから“エンピ投げ”をお願いできますか」


「おう!」


 エンピとは先の丸いスコップのことで、エンピ投げとは地面を掘って土砂を放り投げることを言う。これには技術が必要で、遺物と思われるものに当たったら即座に動きを止めなければいけない。せっかく生きたまま(原型をとどめていること)の遺物が眠っていたのに、破壊してしまったら元も子もないからだ。


 ぼくはしばらくエンピで土砂を投る作業に専念した。土砂は“ネコ”と呼ばれる一輪車で運ばれていく。ネコの通り道である“ネコ道”の先には、みるみる“ネコ山”という土砂の山ができ始めていた。


「でも先生」ネコを操っている学生が声を掛けてきた。「高輪先生は新しい遺跡を発見する天才なんですってね」


 ぼくは汗をぬぐって彼を見上げた。


「いや。ぼくはただ運がいいだけだよ」


「あやかりたいです。そういう方を考古学仲間では“当たり屋”って言うんだそうですね。ぼくなんかもう二年も掘り続けてますけど、一向にそんな目にあったことないです」


「どうだろうね。地道に続けるしかないと思うけど・・・あ、そこの“バカ”取ってくれる」


「ぼくのことですか?」


 ぼくは笑ってしまった。


「ちがうよ。土をすくう“バカ棒”のことさ」


※※※※※※


 陽が暮れたので今日の作業はここまでとなった。


 発掘現場はブルーシートで綺麗に覆う。発掘された陶器の破片などは“ものひら”と呼ばれる袋に入れておいて、明日洗うことにした。


 ぼくは四輪駆動車に乗って現場を後にした。


「教授。気を付けてくださいね」


 ぼくは学生たちに手を振って現場を離れた。


 市街地の繁華街を通って帰路につく。途中ファミーレストランで夕食をとったので、すでに夜十時を回っていた。


 その時、いきなり車の前に人影が現れた。


「!」


 とっさにブレーキを踏んだが間に合わなかった。タイヤが怪鳥の悲鳴のような音を立ててスリップした。四駆は車体を横にして停車した。


「だいじょうぶですか!?」


 ぼくはすぐさま車を飛び降りた。ヘッドライトが路上に倒れた男を照らしていた。


※※※※※※


 ぼくは交通課の警察官の説明を聞いていた。


「高輪さん。気にしなくてだいじょうぶですよ。あの男は当たり屋の常習犯ですから」


 なんとぼくは本当の“当たり屋”に狙われたのだ。


「そうでしたか。実はぼくも普段“当たり屋”って呼ばれているんですよ。ははは」


 その言葉がいけなかった。ぼくはそのまま警察署に連行されてしまった。


 翌日"埴輪のフィアンセ"を名乗る彼女が来てくれて、ぼくを警察署から発掘してくれたのにはとても感謝している。

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