「あ、アナタ……誰?」
「お嬢ちゃんこそ、誰なの?」
「あっ、ごめんなさい。えっと、リリアナ・ウエストウッドです……」
どこまでも続く青空を背中に、俺、金城玉緒の顔をマジマジと覗き込んでいた女の子――リリアナ・ウエストウッドさんが、そう言った。
年は16、17歳くらいだろうか?
白いブラウスに黒のスカート、そして黒のマントを羽織り、もう少しかがめばパンツという名のワンダーランドを
顔は……正直めちゃくちゃ可愛い。
好みが好みじゃないかで言えば、ドストライクだ。
金色に光るブロンドの髪と、雪原のように真っ白な白い肌を下地に、とろんっ♪ と目尻が垂れた優しそうな目が踊っている。
う~ん、どう見ても外人さんである。
なんとまぁ可愛い外人さんだろうか。
「あぁっ! これはどうも、ご丁寧に。
「とれたて? ぴちぴち? シリツ? タンテイ?」
コテンッ? と首を傾げる彼女を無視して、俺は寝ころんでいた身体をむくりっ! と起こした。
キョロキョロと辺りを見渡すと、そこにはリリアナさんと同じく黒いマントを羽織った若い女がたくさんいた。
全員、物珍しそうに俺を見ていて……おっとぉ?
俺がイケメン過ぎて驚いているのだろうか?
ごめんね? イケメンで?
「な、何アレ? なんてモンスター?」
「わ、分かんない。教科書にも図鑑にも載ってない奴だ」
「なんかウチらと形が似てない? もしかして人間かな?」
俺の噂をしているのか、みんな石造りの大きなお城をバックに、遠巻きに俺たちを眺めながらヒソヒソと何かを言い合っていた。
「んっ? 大きなお城?」
俺は改めてもう1度、辺りをキョロキョロと見渡してみた。
緑豊かな草原。石造りで出来た大きなお城。中世ヨーロッパのような風景。
まるで異世界アニメのようだ。
……異世界アニメ?
「いやいや、まさか? ねぇ?」
「キンジョーさん……?」
「ひ、姫!? リリアナ姫ッ!? 大丈夫ですか!?」
「あっ、カガミ先生」
生徒たちの人垣を割って現れた妙齢の女性は、大きな杖を持ち、真っ黒なローブを身に纏い、いかにも【魔法使い】といった風貌で……おやおやぁ?
「なぜ『使い魔召喚の儀』で人間が? ……いや、この風貌、この体形……まさか!?」
カガミ先生と呼ばれた女性が、慌てて俺たち2人がいる召喚陣の中に入ろうとして。
――バッチィ!
「うきゃぁっ!?」
「せ、先生!?」
「うぉっ!? びっくりしたぁ。大丈夫ですか、お姉さん!?」
謎の炸裂音と共に、カガミ先生の手が魔法陣から弾かれてしまう。
カガミ先生はしばし
「召喚の儀が続いている? ということは……」
ゴクリッ! と生唾を飲み込んだカガミ先生が、「リリアナ姫」とリリアナさんの名前を呼んだ。
「落ち着いて聞いてください。どうやらその人間が……姫の使い魔らしいです」
「えっ? ……えぇっ!?」
ギョッ!? と目を剥いたリリアナさんが、魔法陣の外にいるカガミ先生に声をかけた。
「に、人間が使い魔!? ボクの!?」
「しかも私の見立てでは、その使い魔は……男です」
「「「「「男ッ!?」」」」」
ザワッ!? と静観していた周りの女性たちが一斉に色めき立った。
「ウソっ!? 男って12年前に魔王の脅威からこの国を守って『神の国』へ旅立った、あの男?」
「空想上の生き物じゃなかったんだ……」
「アレが男……初めて見た……」
女子生徒たちの好奇の視線が俺の肌を刺す。
な、なんだ、なんだ!?
なんで皆、そんな物珍しそうに俺を見てくるんだ?
「えっ? えっ!? お、男っ!? せ、先生、男ってあの『男』ですか!?」
「はい。私も12年前に見た限りですが、間違いありません。ガッシリした身体と固そうな皮膚、文献に書いてある通りです」
「男……これが男……」
興味深そうにジロジロと俺を見るカガミ先生。
そんな彼女とは対照的に、目の前にいるリリアナさんは酷く狼狽していた。
「ぼ、ボクはどうすればいいですか先生?」
「どうするもこうするも、男を使い魔として呼んでしまった以上、彼女……いや彼と契約するしかありません」
「で、伝説の『男』をボクが使い魔にするんですか!? む、むむむむむ、無理です! 無理ですよ!?」
ブンブンブンブンッ! と高速で首を横に振るリリアナさん。
その仕草はエサを食べる前の近所のバカ犬とソックリで、ちょっとほっこり♪ した。
「やり直しとか出来ませんか、先生!?」
「申し訳ありませんが姫、それは無理でございます。この2年生に進級した際に行われる【春の使い魔召喚の儀】は神聖な儀式ゆえに、強制力が凄まじいのです。こうなったら彼を使い魔にするしかありません」
「で、でもでも!? 今日召喚された使い魔の属性によって、これから専門課程に進んでいくんですよね!? 伝説の『男』の属性なんて、どの文献にも載っていませんよね!?」
「落ち着いてください、姫」
青い顔を浮かべるリリアナさんを宥めるように、カガミ先生とやらが困った顔を浮かべた。
「リリアナ姫。確かに彼は、伝承にのみ存在が語られる『男』という生き物です。しかし、呼び出したからには彼はもう姫の『使い魔』です。確かに人を、ましてやあの男を使い魔にした例はどこにもありませんが、それでももう彼は姫の『使い魔』なんですよ」
「カガミ先生……はい」
リリアナさんが『しょぼん』と肩を落とした。
それとほぼ同時に俺達を遠巻きに眺めていた女子生徒たちが、ザワザワッ!? し始める。
「うそっ!? 姫様、ほんとに男を使い魔にするの!?」
「い、いいなぁ……あたしのファイヤードラゴンと交換して欲しい……」
「うっ!? ナニコレ!? あの男を見ていると、何故かお股がトロピカルしてきやがった!?」
どこか肉食獣めいた瞳で俺を見てくる女子生徒たち。
なんだろう?
まるで真夏の海岸でナンパ待ちをしている下半身が自動ドアの腐れビッチのような瞳だ。
なんてことを考えていると、リリアナさんの指先がそっと俺の頬を撫でた。
「ごめんね?」
「えっ?」
なにが? と口を開くよりも速く、俺の唇は塞がれた。
彼女の唇によって、
「~~~~~~~~っ!?!?」
えっ、キス?
キスっ!?
チューっ!?
俺、今、チューしてんの!?
こんな美少女と!?
なんで!?
金城玉緒24歳、生まれて初めての異文化交流であった。
混乱する俺をよそに、リリアナさんはゆっくりと唇を離した。
俺はほんの少しだけもったいない気分に浸りながら、ハタッ! と気づく。
首が熱い?
「というか、痛い!? なんだコレッ!? ぐぁああああああ!」
熱い、痛い、冗談じゃない!?
気を失うことも許さない痛みを前に、首を抑えて
「使い魔の
頑張って! と何故か俺よりも泣きそうな顔をしているリリアナさん。
頑張れって、コレ……頑張ってどうにかなる痛みじゃなくないって!?
「さて、これで全員の使い魔は召喚し終えたかな」
苦しみのたうち回る俺を無視して、カガミ先生とやらがリリアナさんに向かって声をかけた。
「ではリリアナ姫。我々は一足先に教室に戻ってますね? 使い魔のルーンが刻めたら、教室に戻ってきてください。さぁ皆、教室に帰るよ」
「「「「えぇ~っ!?」」」」
女子生徒たちから一斉にブーイングが起こった。
「ワタシも姫様みたいに男に触りたいです!」
「アタシも!」
「オレも!」
「お、オイラも触りたい……」
「シャラップ! 今は授業中です。そんなに触りたいなら休み時間にリリアナ姫に頼みなさい」
カガミ先生は踵を返すと「フライ」と叫び――宙に浮いた。
俺は痛みに我を失いそうになりながら、その光景をずっと見つめた。
人が飛んだ。
ありえない。
そう思った次の瞬間には、周りの生徒っぽい奴らも一斉に飛んだ。
さらにありえない。
ありえないけど……俺はこの現象を知っている。
そう、漫画やアニメなんかでよく見る――
「さぁ、皆さん。戻りますよ?」
「姫様ぁ~っ! あとでその男に触らせてねぇ! 約束だよぉ!?」
「あ、アタシも! アタシも触りたい! とくに男にだけ生えている幻の秘部『チンチン』を触ってみたい!」
「あの男……実に興味深い。いい実験材料が見つかった♪」
「いいなぁ、リリアナ姫。ワタシも男に触りたい……」
「くぅっ!? な、何故だ!? 何故かあの男を見ていると、お股から水魔法が出てきそうだ!?」
名残惜しそうにそう口にしながら、女子生徒たちは飛び去って行った。
リリアナさんは未だに困惑した瞳をしながらも「ごめんね?」と、苦しむ俺の頭を撫でた。
俺はだんだんと痛みが治まっている首筋を指先で擦りながら、確認するようにリリアナさんに訪ねてみた。
「ハァ、ハァ……。あ、あの? 1つ質問してもいいですか?」
「えっ、うん。いいけど……」
「なんで彼女たち、空を飛んでるの?」
「???『なんで』って、魔女だから?」
「魔女……」
うん、と小さく頷くリリアナさん。
そっかぁ~。
魔女かぁ~。
魔女ならしょうがないなぁ(思考放棄)
「それじゃ、ここどこ?」
「リバース・ロンドンだよ?」
「……リバース・ロンドン?」
「うん。リバース・ロンドン王国にあるリバース・ロンドン魔法女子学院」
俺の身体から力が抜けた。
なんというか、物凄く嫌な予感がしたのだ。
「ごめんね? 本当はドラゴンとかグリフォンを召喚したかったんだけど……」
「……ドラゴン、居るの? ここ?」
「えっ、うん。そりゃ居るよ?」
なに言ってるの? と不思議そうに俺を見てくるリリアナさん。
そっかぁ~。
ドラゴン居るのかぁ、ここ。
じゃあ絶対に日本じゃないね。
というか、地球じゃないね、ここ。
やっぱり、ここって……
「異世界かよぉ~……」
「うわっ!? だ、大丈夫!? しっかりして!? おーい!?」
とうとう許容限界値を超えた俺の脳が、ひっそりと意識を手放した。