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第26話 先輩、私決意しました

 柚木先輩が、ついに動き出した。


 何をしたのかは分からない。けれど、あの人は私からナツ先輩を奪い取る気だ。


「どう、しよう……」


 先輩は言ってくれた。私を一番に見ていると。抽象的な言い方で、私のことをどう思ってくれているのかまでは判断できなくても、少なくとも悪くは思われていない……はず。


 ただ、安心はできない。このままグズグズしていてはいつか、本気を出した柚木先輩に何もかもを奪われてしまう。


 怖い。ナツ先輩の隣に立てなくなる日を想像するだけで、涙が溢れそうになる。


 私はナツ先輩のことが好き。世界一、大好き。離れたくない。誰にも渡したくない。


 この好きを、邪魔されたくない。


「このままじゃ、ダメなんだ」


 柚木先輩はナツ先輩のクラスメイト。私がいない時間にいくらでも接触することができて、そのうえあの性格。積極的にアタックしてすぐにナツ先輩を陥落させるなんてことも、して来かねない。


 柚木先輩は、本当に美人なのだ。なんでも出来て、私にないものをたくさん持ってる。正面から正々堂々やり合っても私なんかじゃ、絶対に勝てない。


 だから────先手を打つ。


 一番有効でかつ確実な方法。それは柚木先輩が勢力を拡大する前に私が、完全にナツ先輩を自分のものにすること。


 つまり、告白だ。


 この好きを伝える。考えただけで恐ろしくて、もし失敗したらと思うと胸がズキズキと痛む。


 でも、私はこの三ヶ月アプローチを自分なりに続けてきたつもりだ。登下校も、お昼も。必死に努力して手に入れた、私とナツ先輩だけの時間。それを何度も繰り返して少なからず成功率は上昇したと信じている。


「告白……するなら、やっぱり″アレ″を使うしかないよね」


 そして幸いにも、私は告白するための口実を手に入れかけている。


 それは今回のテストで私が目標を達成した時に発動する「先輩が私の言うことを一つ聞いてくれる」という切り札。柚木先輩も恐らくタイミング的に今回のテストで何かしらの仕掛けをしたのだろうが、関係ない。


 私はこの切り札を手に、告白する。


 強制力を持って付き合って欲しいと頼むわけじゃない。あくまでこれはきっかけ。告白という重い話に火をつけるための導火線にすぎない。


「先輩……私のことを、受け入れてくれるのかな……」


 いつも優しくて、私のために動いてくれるかっこいい先輩。私が嫌がりそうなことからは遠巻きから守ってくれて、王子様みたいに愛を撫でてくれた。


 でも、そんなナツ先輩が相手だとしてもこの告白は、成功するのか全く予想ができない。例えどれだけ優しい人だとしても、善意を好意に変えることなど出来ないのだから。


 これは、先輩が私のことを好いていてくれなければ成功しない告白。きっとどれだけ最善を尽くしても、成功率をこれ以上上げることはできない。


 好きになってもらえるよう、努力はしてきた。柚木先輩の侵略を考えれば、もうそろそろここが限界。あとは成功することを祈りながら、想いをぶつけるだけだ。


「好きです……先輩。もう、ただのお隣さんの後輩じゃなくて、彼女として……あなたと……」


 寝転がっていたベッドから、白い天井に手を伸ばす。そして一度空気を掴んでから、起き上がった。


「……よし。勉強、もうひと頑張りしなきゃ!」


 告白のための前提条件。テストの目標ボーダーラインを確実に越えるための勉強を、再開するために。 


◇◇◇◇


 六日が経過した。今日はテスト前日である。


 今回の期末テストの教科は「現代文•古文•数学•化学•生物•日本史(選択によっては世界史)•公民•英語•保健」の九教科である。二年生の夏斗と一年生のえるで教科に多少のズレはあるものの、こちらも同じように九教科。それを水曜、木曜、金曜の三日間に分けて期末テストとする。


 そして一日目、明日の教科は現代文、数学、英語。紗奈にとっての問題である数学が含まれており、夏斗は不安に駆られていた。


「むむむ。先輩、今また柚木先輩のことを考えていましたね?」


「うっ。相変わらずなんで分かるんだ……」


「先輩が分かりやすすぎるんです。明日、柚木先輩に教えてた数学があるからですよね?」


「まあ、な」


 授業中の自習時間や休み時間を使い、できる限りは教えてきた。手応え的にも、まずまず赤点を取ることはないと思えるほどに彼女は成長していた。


 しかしテストというものは何が起こるか分からない。どれだけ万全の準備で望んでも、アクシデント一つで結果が変わってしまうものだ。


「……えいっ」


「おわっ!? な、なんだよ急に!?」


 ぎゅう。頭を悩ませ視界が狭くなったところに、えるが隣から優しく抱擁する。腰元に回された手は体温を噛み締めるように巻き付き、幸せを感じながらも顔だけは不満全開だった。


「ナツ先輩が優しくて、かっこよくて。だから柚木先輩を心配しちゃうのは分かります。でも……今隣にいるのは、私なんですよ?」


「っ……す、すまん」


「許しません。私のことを一番に見てるって言ってくれたのに、堂々と目の前で浮気をしていた罰です。もう少しぎゅっさせてください」


 くんくん、と制服に花を近づけて匂いをも堪能しながら、えるは微笑む。


「先輩の匂い……落ち着く」


「っっ!? や、やめ! 匂いとか言うな!」


「ふふっ、温かい匂いです。ナツ先輩を体内摂取するの、クセになっちゃいそうですぅ……」


「や、め、ろォォ!!」


 そうして、テスト前日の勉強会は終了した。


 えるは全教科五十点が目標。どこか不安はありそうに思わせながらも、その目標に向けてしっかりと勉強していたと思う(休憩の時はとことん甘えられて大変だったが)。


 となると、やはり心配なのは紗奈の動向。家でもキチンと勉強をしていると本人は言っており、実際にその成果も出ていた。


 大丈夫だと、思いたいが。


「先輩、ではまた明日に! 先輩はお寝坊さんなんですから、今日は無理せずちゃんと早く寝てくださいね!」


「ああ、善処するよ。じゃあな」


「はーい!」


 家に戻り、教材の詰まった重い鞄を下ろす。外はもうすっかり夏で、ボディシートで押さえていた汗がじわりと額を濡らすのを感じながらシャワーを浴びた。


「俺も、人の心配ばっかりしてられないか。悠里は本気で挑んでくるだろうし……負けてお小遣いを失うわけにもいかないし、な」


 温まり、回る頭。寝巻きに着替えてから夜ご飯を食べ、最後の確認をするために自室に入った。


 数学は今更詰め込んだらしても仕方ないので、するのは現代文の漢字暗記と英語の単語暗記。散々繰り返しはしたものの、何か抜け落ちている箇所があれば勿体ない減点となってしまう。


「よし、じゃあサクッと一時間くらい復習して……ん?」


 その時。時計代わりに置いていたスマートフォンが鳴る。


 長いバイブ音。どうやらメッセージではなく、電話のようだった。


『もしもーし。やっほー』





 相手は、例のクラスメイトだ。

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