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第57話 うなされる

 二人は布団の中で眠っていた――はずだった。


 けれど、突然。


「うああああああっ!!」


 湊音が叫び声を上げて飛び起きる。肩で激しく息をしている。汗が額ににじみ、目は虚ろだ。


「ミナくん……」


 驚きながらも、李仁はそっと彼の背中を撫でた。震えている。


「学校……行かなきゃ……」


「大丈夫。代わりの先生がちゃんといるわ」


 李仁の言葉に、湊音はかぶりを振る。


「剣道場……開けなきゃ、ダメなんだよ……」


 そう呟く声は必死で、どこか取り乱している。――きっと、教職をしていた頃の夢を見たのだろう。責任感の強さが、まだ心の奥に深く残っている。


 やがて、一時間ほど経って、ようやく落ち着いた湊音が再び眠りに落ちたのを確認してから、李仁は静かに身を起こし、机の引き出しから日記帳を取り出した。




 ――今夜は久しぶりに、ミナくんがうなされた。


 ――やっぱり、完全には癒えてない。


 そう書き記し、李仁はため息をつく。


「ミナくん……」


 呟きながら、ふと手元を見る。湊音の細い首筋が脳裏に浮かぶ。


 気づけば、その首に――自分の手が伸びていた。


 静かに、強く、締めるように。両手の指が重なり合い、皮膚の感触がリアルに蘇る。




「ああああっ!!」


 李仁の悲鳴が夜を裂いた。


 目を見開き、全身から汗が吹き出す。息は荒れ、手が震えて止まらない。


「……夢?」


 必死に自分の手を見る。まだ絞めていた感覚が残っている――怖いほどにはっきりと。


 慌てて隣を見ると、湊音は静かに、穏やかに眠っていた。まるで、何も知らない子どものように。


「……よかった。起きないくらい、ちゃんと眠れるようになったのね、ミナくん……」


 安堵と同時に、李仁の頬に涙がにじむ。こんな夢を見てしまった自分に、胸が押しつぶされそうだ。


 震える指先で、そっと湊音の頭を撫でる。




「シャワー……浴びてこよう」


 声にならない声でそう呟き、李仁はふらつく足で浴室へと向かった。

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