ワンルームの薄暗い部屋。夜の静寂が、壁越しにも濃く染み込んでいる。
「……ごめんね、シバ」
湊音はベッドの端で、タオルケットに身を包みながら、消え入りそうな声で言った。
その横で、同じく裸のシバが壁にもたれ、煙草をふかしている。煙がゆっくりと天井へ昇っていく。
「謝ることないさ。こっちも……男とするのは久しぶりだ」
「……男と、ね」
「そう。煙草、いるか?」
湊音は首を横に振る。
「一年になるんだ。禁煙。李仁と一緒にやめた」
「……そっか。知らなかった」
シバは短く答え、煙をふぅっと吐いた。空気の匂いが、少しだけ変わった。
――さっきまで、二人は近くの剣道場で子どもたちに指導していた。しかし今日はまっすぐ帰れなかった。更衣室で、シバに迫られた湊音が抗えず、気がつけばキスを交わしていた。あっけないほど簡単に歯止めが外れた。
何ヶ月も避けてきた行為だった。李仁とは口約束で、「挿れることはしない」と決めたばかりだったのに。
「そんなんで……いいのか?」
シバの声が、部屋の静けさを破る。
「……キスとハグと、たまに口や手で……それで、満足してる。今は」
「“今は”か」
言葉をかぶせるように、シバが言った。湊音は黙って、膝を抱えるように身体を丸める。
「欲しがってたお前が……そんなふうに我慢できるはずがない」
シバは煙草を灰皿に押し付け、灰と火を断ち切る。そしてベッドの上を這うように、湊音の前へ。頭を掴み、無理やり顔を上げさせた。
その乱暴な仕草に、湊音の目が潤む。どこか嬉しそうに。
「シバ……」
次の瞬間、激しいキス。舌がねじ込まれ、湊音も応じるように絡め返す。涙が頬を伝う。止めようのない感情が、あふれている。
「お願い……たくさん、愛して」
その一言に、シバはわずかに目を細める。
「……して?」
その鋭さに、湊音がハッと息を呑んだ。そして、かすかに笑って言い直す。
「……愛してください」
シバはその言葉を聞くと、静かに、しかし深くうなずいた。
「わかった。会えなかった時間なんか、全部埋めてやる」
そして再び、深く口づけた。