夏の終わりは、まるで梅雨のように雨ばかりだった。雨の日が続くと、湊音は決まって頭が痛いと横になってばかりいた。
いや――それより前からだったかもしれない。湊音の調子はずっと優れなかった。精神科には定期的に通い、変わらずカウンセリングを受け、薬もきちんと飲んでいる。それでも心は晴れなかった。
そして先日、剣道教室で右手首を捻挫した。利き手ではないとはいえ、握力が入らず、しばらくは実戦での指導もできなくなった。ますます湊音は気落ちしているようだった。
右手の包帯は、李仁が巻いてくれる。丁寧に、時に少しきつめに。自分でできないことはないのだが、湊音はあえて李仁に委ねる。李仁も、嫌がる素振りは一切見せなかった。
「ほんとに、李仁は優しいよね」
「当たり前じゃない……」
「ごめん、家のこともほとんど任せっきりで」
李仁は首を横に振る。
「いいのよ。わたしに任せて」
「最近、夜も遅いのに……忙しいんでしょう?」
「大丈夫、大丈夫。わたし、けっこうタフなの」
李仁は愚痴ひとつ言わない。その姿に、湊音は身を寄せた。――あんなことがあったのに。シバに心も身体も揺れてしまったのに。それでも李仁は、変わらず優しく接してくれる。尽くしてくれる。
李仁は、ただ微笑んだ。彼は彼なりに、すでに理解しているのだ。どこかに行っても、最終的には湊音が自分の元に戻ってくることを。
湊音の不調の理由も、李仁には察しがついていた。きっと、シバに乱暴に抱かれたのだろう。欲にまかせた行為が、湊音の心と身体を蝕んでいるのだと。
李仁は、包帯で巻いた湊音の右手を頬にあて、そっとキスを落とした。
そして、湊音を見て静かに微笑む。
「大丈夫。わたしが、いるから」
湊音はゴクリと唾を飲み込んだ。李仁の手が、触れたところからじんわりと温かい。ああ、自分はもうこの人なしでは生きられない――そう悟ったような気がした。
「ああ……」
掴まれた手のぬくもりが、深く沁みていく。