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第5話

 サキが派遣されるようになった経緯は流水が蓮と出会ったことがきっかけだった。

 それは夏に入り始めた6月下旬の真っ昼間。ミンミンゼミが求婚のための鳴き声が鳴り響く猛暑日、蓮は待ちに待ったご奉仕メイドの写真集を購入するために外出していた。


「ん?……大丈夫かよあれ」


 蓮は帰宅途中、ふらつく老人が目に入る。

 歩き方がおぼつかない老人に蓮は駆け寄る。


「おい、 大丈夫かよじいさん」

「み......水を」

「砂漠?」


 干からびているような声を発した老人の様子から察するに暑さにやられてしまったらしい。関わった手前、放置することもできない


「俺の家すぐ近くだから来る?」


 ここで倒れられたら目覚めが悪い。蓮は老人を自分の部屋に招いたのだった。


「若いの......すまんかったな。 助かったわい」

「いいって別に。これに懲りたら水筒くらい持参するなり、暑い日は外出避けるなりしなよ」

「わかっておる」


 老人......柳流水を家に招いた蓮は冷房をつけ、濡れたタオルとスポーツ飲料を出す。水分補給し、少し休憩したら流水はすぐに元気になった。

 経緯を聞くと、人探しをしていて迷ってしまったらしい。

 少し沈黙が続き、流水はふと部屋の隅の本棚に視線を向けた。


「ほう、 お主も若いのぉ」

「う、 うるさいな。人の家チラチラ見ないでよ。あまり見られたくないものもあるんだから」

「普通はベッドの下に隠すと聞くが?」

「不健全雑誌じゃないからいいの。R指定がない健全雑誌だから」

「そんなものかの?」

「そういうものなの!」


 流水はあまりこの話を長引かせるのを蓮が望んでいないと察した。 流水はふと時計を見る。


「あまり、世話をかけるのも申し訳ないのでな、そろそろお暇するかの」

「もういいのかよじいさん」

「こう見えて鍛えておるからな」

「いや、力鼓舞できてねぇよ。でも、歳の割に体しっかりしてるな」


 立ち上がり腕に力鼓舞を作る流水だが、変わらない腕に蓮は呆れる。


「まぁ、 元気そうなら良かったよ。あ、現在地教えるわ」


 蓮はスマホを取り出し、マップアプリを開くと丁寧に現在地を伝える。そして、次の目的地を聞くとその道を教えたのだった。

 説明を終えると未開封のお茶を渡し、玄関へ向かった。


「世話になったのぉ。何か礼をしたいが」

「別にいいよ。困った時はお互い様だし」

「それを言える若者は今時珍しい......ワシは受けた恩をそのままにできん性分でな。この礼は後日必ず」

「そうかい、期待せずに待ってるよ」

「随分と軽いの。まぁいい。それがお主の人柄というものか......ああ、最後に名前を聞いていいかの?」

「ん?ああ。俺は氷室蓮って言うんだ」

「......わかった」


 蓮は流水に名乗っただけなのにどこか品定めをされているような視線にキョトンとする。


「どうかした?」


 急に黙ってしまった流水に疑問に思った蓮は問いかける。


「いや、なんでもない。また後日迎えの者をよこそう。ではの」

「ん?……気をつけて」


そう言葉を交わし、流水は立ち去った。


「迎え?……なんのこと?」


 ふと、流水が発した去り際の言葉が気になるも、後日わかるか。今は早く買った雑誌に目を通したかったので、スルーすることにした。

 それから一週間後。

 家でゴロゴロ過ごして勉強したり、メイド雑誌を眺めたりと適当に過ごしているとき、 インターホンが鳴ってドアを開けるとーー。


「久しいのぉ、少年。元気にしておったか?」


 言葉が出ないとはまさにこのことを言うのだろう。

 暑い真夏の太陽の光をわずかに反射しているキッチリしている黒スーツ。

 道端には縦長の真っ白いリムジン。


「さ、礼をしにきた。まずは我が屋敷に案内しようかのぉ」

「あ、はい」


 蓮は流されるままリムジンに乗り込み屋敷に連れられる。

 あまりに現実味のない出来事に唖然とする蓮は応接室に案内された。


「す、 すごい。 本物のメイドさんだ」

「......お主もブレぬのぉ。 普通は屋敷の大きさに驚くと思うが」

「水刺すなよじいさん。俺は本物のメイドを見たことに感動してるんだから」

「お主らしいのぉ」

「ーー失礼します」


 そんな会話をしていると一人の若い銀髪碧眼のメイドがカートにティーポットと茶菓子を持って応接室に入ってくる。


「ぎ......銀髪」

「あの......何かございましたか?」

「いえ!なんでもないです!ごめんなさい!」

「は、はぁ」


 銀髪のメイドはキョドる蓮に首を傾げるが、気にせずにティーコジーを外す。

 紅茶の良い香りが部屋中に広がった。ティーカップへ紅茶を注ぎ、茶菓子を机の上に並べると、部屋を出た。

 蓮はその流れるような動きに蓮は固まっていた。


「......少年?どうしたんじゃ固まって...... え?泣いてる?」


 机の上に視線を向けて固まる蓮を心配して流水は声をかける。蓮の瞳から涙が溢れていた。

 蓮は流水の手を両手で握る。


「じいさん、ありがとう!俺の長年の夢を叶えてくれて!」

「は、夢?」

「銀髪メイドが俺のために、紅茶を入れてくれる......何度妄想したことか!夢を現実にしてくれてありがとう!」

「......喜んでくれて何より。では本題に入ろうかの」


 未だ興奮を抑えられない蓮に流水は呆れるが、本題に入ることにした。

 このままでは埒が明かないと判断してだった。

 今日の本題は助けてくれたことへのお礼。だが、蓮は断り続けた。


「いらないって!俺は見返りは求めてない!それにじいさんは俺の夢を叶えてくれた!そんな恩人にこれ以上何を望めというんだ」

「......困ったのぉ」


 流水は小切手や別荘を提示したが断られてしまい、表情が曇る。そもそも、規模が大き過ぎて蓮は受け取れないのだ。まぁ、流水はわざとそれを提示したのだが。

 どうしたものかと悩む流水は蓮がメイドに強い執着や夢を抱いているところに狙いを定める。


「......メイドと暮らしてみたいとは思わんか?」

「......ほう?」


 蓮はその提案にゴクリと眉唾を飲む。 流水はニヤリと口角を上げたのだった。


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