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第9話

 流水の指示書の一件から数日後の夜。夕食を終えたサキは蓮に唐突に話しかけられた。


「普段メイドさんって休日何してるの?」

「……何か?」

「そ、そんなに警戒しないでよ。単なる世間話だから」

「……自室でゆっくりするくらいですね」

「インドアなんだねぇ。出かけたりしないの?ほら、流行に乗る的な」

「買い出し以外は特に」

「そうなんだね」


 指示書の一件で何か企んでいると考えたサキは警戒しながら返答した。

 サキが言った通り彼女はメイドとして勤めるようになってから、常に何が最善か考え行動している。

 必要なスキルを身につけるため知識を身につけた。屋敷内が忙しそうならヘルプで入っていたりもする。

 蓮に休みの日に何をしているかと聞かれてもどう応えるか悩んでしまうサキだった。

 そんなサキに蓮は聞く。


「ということは、基本休日は暇してるってことだよね?」

「まぁ、そうですが」

「よかったら今度2人で外食に行かない?」

「なんですか唐突に?行きませんよ」

「い、いや。休日に外に出るのも大切だと思ってね」

「一理ありますが。……自分で作れるものをわざわざ食べに行かなくても」

「いやほら、雰囲気ってあるじゃん!そこの店でしか食べられないものがあるというか。親睦を深めたいし、俺奢りで行こ!いつもお世話になってるから恩返しさせてよ!」


 サキは説得に必死な蓮に眉を寄せる。蓮の話題の振り方も雑である。表情から親睦を深める云々の話は本心だろうと察せられるが、サキは引っかかる部分があった。


「……そこまでおっしゃられるんでしたら」

「まじで?よかっーー」

「下心がないと誓ってくださるなら」

「……へ?」

「ご主人様、何か企んでいますよね?先日封筒を握りしめて笑み浮かべていたの知っていますよ?」


 サキは蓮に鋭い視線を向ける。予測は正しく、指摘されて蓮は固まってしまう。


「何をさせようとしていたのか、全て白状してください?」

「……はい」


 サキに笑顔を向けられ蓮は白状したのだった。奢ってあげる代わりに「あーん」をしてもらおうとしたらしい。食事を口にした途端「無償で奢るとは言ってない」と言って願いを叶えようとしたとか。


「そんなこと言われたら、自分でお金払いますよ普通」

「……あ、そうか」

「気づかなかったのですか。ご主人様ってバカですね」

「も、もう少しオブラートに包んでくれても」

「……愚かですね?」

「むしろもっと鋭くなってる」


 蓮の計画性のなさにため息をこぼすサキだった。

 だが、サキは外食に行くこと自体は悪くないと内心思っていた。


「外食自体は問題ありません。お昼でよろしければご一緒しますよ」

「え!どんな風の吹き回し?」

「気まぐれですよ。もちろんご主人様の奢りでならですが」

「もちろん、初めからそのつもりだよ」


 こうして2人は外食が決定した。行き先はサキの希望で回転寿司に行くことになった。

 回転寿司を選んだ理由はサキ自身が興味があったこと、蓮に少し試したいことがあると考えたからだった。


 数日後、2人は現地集合した。

 サキは屋敷から直行したので濃紺のワンピースを着ていた。蓮は半袖、薄布の黒いジーパンとカジュアルな服装。

 受付を済ませ、テーブル席に座ると注文を済ませた。


「……真っ先に肉寿司を頼むのって少し変わってるね」

「そうでしょうか?」


 サキが頼んだのは牛カルビや豚バラ、牛すじの巻物など肉寿司ばかりであった。サキは蓮の言葉をあしらいつつ、寿司を口に運ぶ。

 サキは口に入れた瞬間、少し作り笑を浮かべた。


「……お、おいしいです!口の中に広がる旨み。お肉が口の中で溶けるようです」

「メイドさん、お料理番組のレポーター向いてるんじゃない?誰もがその表情見て食べたいって思うよ」

「テレビでやっていたことを真似ただけですけどね」

「……パクリだったんだね」

「ご主人様が言ったのではありませんか。雰囲気は大切だと。それにしても100円でこの美味しさはお得ですね」

「メイドさんの舌を唸らせるなんて、侮れないねぇ」


 2人は寿司を堪能した。ただ、サキは密かに計画を実行していた。

 手元で蓮にバレないようにワサビの小袋を開封する。


「ご主人様、本当に奢っていただいても良かったのですか?」

「え?うん。臨時収入も入ったし」

「……そうですか」

「どうしたの?」

「いえ、食べさせて差し上げようかなと思いまして」

「……え?どうして急に」

「本日のお礼です」


 そう言って、サキはわさびをつけた箸をゆっくりと差し出す。

 急な展開に固まる蓮はゆっくりと口を開けたが、箸の先についているわさびを目にする。


「はいあーん」

「いや待ってよ。それわさびだよね?普通寿司じゃないの?」

「何を、とは言っていませんよね?」


 悪戯な笑みを浮かべる。蓮は悩む。メイドさんに食べさせてもらうという望んでいた展開。だが、差し出された食べ物はわさび。小袋一つ分の量があり、食べたら涙が出る。だが、食べれば自分が理想としていたシチュエーションが叶う。


 どちらにしようか天秤にかけた蓮は。


「……あむ」


 目を瞑ってわさびを口にしたのだった。


「み、水!」

「どれだけ必死なんですか」


 涙目で咽せている蓮にサキは苦笑いを浮かべつつ、近くにあったお冷を手渡したのだった。




 昼食を食べ終えた帰り道。

 別れる直前サキは蓮に一つの提案をした。


「今後はおじいさまに頼ったり、遠回しにするのではなく正々堂々来てください。条件をつけるわけではありませんが、私に勝負を挑んで勝つことが出来たらお願いを聞いて差し上げてもよろしいですよ?私に勝てたらの話ですが」


 今日のわさびの一件を見て蓮は自分の目的を叶えるためなら必死になると考えた。今後も遠回しに何かを要求してくるのは明白だろう。

 サキとしては先日の指示書の件のように流水を頼って仕掛けられるのは嫌だし、蓮が疲れ切って帰ってくるのも心配であった。

なら、正々堂々の方がサキとしても安心する。

 提案内容はサキにとって一種の娯楽のような感覚だった。


「……その勝負の内容って俺が決めても?」

「初見殺しの内容でなければ。私が全くルールを知らない勝負を持ちかけられても困りますので」

「……その約束、忘れないでね」

「はい。補足ですが。その勝負に私が勝った場合は逆にご主人様に命令を下しますので」

「え?なんで」

「私にだけリスクがあるのではイーブンではありませんので」


 蓮は悩んだが首を縦に振る。

 これから蓮がどのような勝負を持ちかけてくるのか。それを返り討ちにしたらどれほど楽しいことか。

 サキは蓮が今後どのような勝負を挑んでくるのか待ち遠しいなと考えたのだった。

 蓮も生半可な勝負では勝てないと考える。その日から蓮は秘密裏の特訓を開始したのだった。




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