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第10話

 サキと蓮が外食した次の日の夜。

 流水はサキと向かい合うようにソファーに腰掛ける。机にはハーブティーとクッキーが置かれている。

 話し込んでしまいしばらく経った。湯気が出ていたハーブティーはすでに冷めてしまっていた。時間を忘れ、2人は談話に夢中であった。指示書の一件や外食の件の話で盛り上がる。


「それにしても少年は愉快じゃな」

「ええ、それは確かに。空回りしすぎな気がしますが」

「そう思うのであれば少しくらい少年の頼みを聞いてもよいのではないかの?」

「嫌です。素直にお願いを聞いたら、付け上がりますし、喜ぶ顔より悔しがる顔を見た方が楽しいので」

「……そうかの。それで勝負という形をとったと言うわけか」

「はい」


 流水は楽しそうに語るサキの姿に目を見張る。

 たった2ヶ月なのだ。

 流水は今のサキは年相応の雰囲気。蓮との過ごす日常を楽しく話す姿に驚いていた。

 もう少し話していたい。そう思った流水だが、時計に視線向けると時間は20時を過ぎていた。これから仕事がまだ残っているため、話を終わりにする。


「それはよかったわい。……随分と話し込んでしまった」

「いえ、私も久々におじい様とお話しできて良かったです」

「また、話を聞かせておくれ」

「……もちろんです」


 少し、シュンとしたサキだったが明日の仕事に支障が出る可能性も否めないため、了承した。

 その姿に流水はつい微笑んでしまう。サキ本人は無自覚なのだろうが、最近態度を表に出すことが増えた。


「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない」


 サキは意図が分からずキョトンとしていた。

 流水は「なんでもない」と言いながら微笑み、懐から小さな封筒を取り出した。

 その中には偶々手に入った流水が経営する遊園地のチケットが入っているのだ。

 それを渡すのはいくつか理由があった。以前した約束を守れない罪滅ぼし。サキの誕生日が近いので、そのお祝いの一環で。


「いや何、最後にこれを渡しておこうと思っての」

「なんでしょうか?」


 小さな封筒をサキに手渡す。サキは封筒の中身を確認するとサキは首を傾げる。


「これは?」

「サキの誕生日も近い。少年と行ってきたらどうじゃ?」

「えぇ……」

「露骨に嫌な顔をするでない」

「……おじい様とではダメなのですか?」

「この老体では乗れぬわ。寿命が縮むわい」


 流水は冗談を挟みつつやんわりと断った。

 サキは少し残念がる。


「行ければ行きますね。チケットが無駄になる可能性がありますのでご了承ください」

「まぁ、息抜きにどうかと思っただけじゃ。好きにすると良い。仕事に一生懸命なのは良いがコンを詰めすぎるのはよくない。たまには羽を伸ばさんとな」

「わかりました」


 サキはチケットを封筒に戻すと「おやすみなさい」と一礼して退室した。

 その姿を見て流水は携帯を取り出す。

 宛先は蓮だった。


「少年に仄めかしておくかの」


 流水は携帯を取り出すと少々遠回しにサキの誕生日が近づいていることを知らせるメールを送信する。

 そして、冷めた紅茶を入れ直した流水は内心で今と昔のサキの姿を照らし合わせる。


「こじつけであったがよかったわい」


 流水は今日のサキの姿を見て安心したのだった。自分の決断は無駄ではなかったと。

 実はサキの派遣の件、流水が意図的に仕組んだことであった。 

 その背景には焦りと心配、後悔などが含まれていた。



 サキと流水の出会いはサキが物心つく前。サキの両親の訃報を知り、葬式に参列した流水が親戚同士が話し合っている場面に居合わせたのがきっかけだった。

 内容はサキを誰が引き取るかについて。

 しかも、幼いサキが近くにいて話の内容が聞こえる状況で話し合いがされていた。


 流水にとってサキは関わりも思い入れもあったわけでない。会ったのも葬式が初めてであった。

 だが、その話し合いに流水は自分がサキを引き取ると名乗りをあげた。何故引き取ろうとしたかと聞かれれば、可哀想、哀れみだろう。

 早くに両親を亡くして、消沈している子供の前で、誰が引き取るかを押し付け合っている連中に預けると可哀想だと考えたから。


 流水は若くして妻を亡くした後、生涯孤独であったし、稼ぎもあった。子供1人くらい何不自由ない暮らしをさせられると確信があったのだ。


 だが、現実はそう甘くない。

 サキは無頓着で感情の起伏が少なく、機械みたいな子供であった。

 言われたことをそのままこなすだけ。

 幼いながらに自分の立ち位置を理解して、立ち振る舞う。

 よく言えば手のかからない子供。将来もこのまま成長すれば可もなく不可もなくの人生を歩むだろう。


 だが、それは流水の不安を募らせるばかりだった。

 子育ての経験のない流水はサキとの信頼関係を結ぶのに苦労した。

 少しでも一緒にいる時間を作るために仕事に同伴させた。

 流水は海外で仕事をする機会が多かったため、自宅を空ける期間が長い。

 引き取った手前、いち早く信頼関係を築きたかったのだ。

 だが、それは同世代の子供との交流の機会をなくす愚策だった。

 それに気がついたのはサキを仕事に同伴させた後だった。

 気づいてから子供の施設に通わせようとしたが、サキは拒んだ。その頃彼女には信用できる大人は流水のみで、離れたくないと同伴することを望んだ。

 流水はサキとの信頼関係を築くことは成功したが、この先どうしようかと悩んでいた。

 その時サキにとって運命のような出来事が起きる。

 それは日本へ商談のため訪れた時であった。

 取引先に渡すお菓子を買いに行こうとした時、サキが任せて欲しいと申し出たのだ。悩んだ流水だったが、日本は安全な国だし、サキが初めて自分から申し出たこと。これもサキの変化の一つかもしれないと考えお願いしたのだった。

 ただ、心配であった流水は仕事を部下に任せるとサキの後をつけていることにした。

 案の定、サキは迷子になってしまったのだ。

 広い立地であるし、似たような建物も多い。助けに行こう。その考えが過ぎった瞬間だった。


「どうしたん?迷子?」

「……違います。道草を食っていただけです」

「あはは何それ。泣きそうで同じところフラフラしてたじゃん」


 サキと同い年くらいの少年に声をかけられていた。




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