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第11話

 少年はサキの咄嗟の言い訳にクスクスと笑う。だが、サキは馬鹿にされていると感じたのかムスッとした顔をした。


「そんなことありません。失礼します」

「もしかして買い物?」

「しつこいです。もしかしてあなた、おじい様が言ってたストーカーってやつですか?それとも人攫い?……これ以上私に近寄ったら、大声で助けを求め、警察呼びますよ?」

「いやいや、待って待って違うから!俺は氷室蓮。君この辺で見かけないし、泣きそうな顔で俺の家の周りうろちょろしてたから心配で声かけただけ!」

「家?」

「そう、すぐ見えるあの赤い屋根!窓から君が見えたの」


 蓮は慌てて否定した。

 そういうことではない。流水は物陰から様子を見てため息をこぼす。確かに、不審者に遭遇したら、その場で助けを求めたり、警察を呼ぶように言ったが。

 流水は内心サキの行動にツッコミを入れつつ様子を窺う。

 それから警戒心むき出しであったサキは悩んだ末に蓮を頼ることにした。

 サキに頼んだ買い物の内容はちょっとした茶菓子。

 蓮にお店を案内されて、購入したのだった。


 同年代に助けられたのはサキにとって初めての経験であり、その出来事がきっかけで、蓮と関わるようになる。

 買い物をしたサキはその日の夜に流水にお節介焼きの蓮の話をした。流水は初めて同年代の子供と関わりを楽しそうに話す姿に「また明日もその少年と会ってきてはどうじゃ?」と話を振った。

 サキも気になっていたようで、お言葉に甘えてと蓮の家を訪ねた。日本滞在中、サキは蓮と遊ぶことになった。


 その件がきっかけだった。

 サキは笑うことが増えたし、たまに冗談を言うようになる。

 また、帰国する3日前のことだった。


「おじい様、私はメイドになりたいです」


 初めて自分の夢を語った。

 どうしても蓮にメイド姿を見せたいからメイド服を用意して欲しいと言われた。

 サキが自分の願いを言ったのは初めてだったので流水はその願いを叶えたいと、部下に頼んで急いで用意させた。

 ただ、普段屋敷で使っている古いメイド服をあつらえて、サキのサイズに作り直した。幼いサキがメイド服を着用したら、コスプレをしている幼女にしか見えないのは言うまでもない。

 だが、サキはその服を受け取ると少年の元へ向かった。


「立派なメイドになれるよう頑張ります」


 そして、サキは蓮の前で真似事のカーテシーをして宣言した。

 当時の流水は娘の成長に喜んでいたが、悩みがさらに大きくなることをこの時は知らない。


「おじい様、私をメイドとして働かせてください」


 それから日本から帰国した数日後にサキから申し出があった。

 困った流水はその場は高校を卒業したらと濁した。そうしたら、今度はホームスクーリングでやらせて欲しいと言われた。

 サキの願いを断れなかった流水は許した。

 サキは学力をつけ飛び級で高卒認定を取得してしまった。さらには、ホームスクーリングの合間に屋敷のメイドの手伝いをして、一流の仕事量もこなせるようになっていた。


 サキは逸脱した秀才であった。

 ここまで努力を重ねたサキにメイドとして働いちゃダメとは言えず、当時若干13歳のサキに流水はメイドとして働くことを許可したのだった。


 それから4年後、サキは変わらず働き続けいつのまにかメイドの腕は屋敷の中で片手で数えられるほどに。

 そんなサキの姿を見て流水はどうしたものかと悩んだ。


 流水としては年相応の女の子として過ごして欲しい。女としての幸せな生活をして欲しい。

 考えを押し付けているのは自覚している。でも、考えてしまうのだ。

 サキの日常はほとんどが仕事。

 今のまま生涯を終えてしまうのではないかと。

 流水自身、自分の生い先が長くない。サキは自分が死んだ後も同じような生活を続けるのだろうか?

 サキは流水に多大な恩を感じていることは知っている。屋敷で働くのもその恩を返すためだと言うことも知っている。

 だから、心配になった流水は一つの賭けをした。


 とにかく、きっかけが必要だと考えた流水は幼き頃、サキの価値観を変えた人物に会わせてみることにした。


 流水は日本にいる蓮の情報を集めた。

 現在の住んでいるところ、性格に動向。

 調べた結果、信用たる人間性があるとわかった。


 それから流水は仕事だからとサキを連れて日本に行く。

 そして、最後に自分の目で蓮の人となりを見るために演技までして近づいた。

 遠回しかつ、慎重に進めた結果。サキを蓮の元へ派遣することに決めたのだった。


 賭けの要素が高く、失敗のリスクが伴うことだった。もしかしたらサキに悪影響を危険性もあった。

 だが、サキは蓮と関われば良い影響を与えてくれると確信していた。

 だから、無理やり理由をこじつけて派遣の話を押し通した。

 流水はサキの想いに付け入ること、蓮の良心を利用することに罪悪感はある。

 それでも、どんな手を使ってでもサキにもっと外の世界に触れてほしいと思った。


 流水は国内外に根強く広げた世界屈指の大財閥「YANAGI」を一代で築き上げた。

 その最もたる要因は流水の慧眼と駆け引きの能力。

 流水の培った能力で確信していた。


 結果はサキが笑顔が増えた。

 流水は賭けに勝ったのだった。


「少年には今後も期待じゃの」


 執務室でお茶を口に含む。

 重たい体に鞭を打って立ち上がり、星明かりが照らされる夜空を見て満足気の笑みを浮かべたのだった。


「はぁ……痛いのぉ」


 心は元気でも体の衰えは自覚している。

 最近、不調があり、現役でいられるのも限界と感じていた。


「……ワシはなんと罪深き人間じゃ」


 そんな言葉を溢しつつ、流水は自分の体を労りながら、席につく。

 今までの行動はサキを想って行動だったが、それが本当に正しいことなのか今でもわからない。







 蓮が流水のメールに気がついたのは次の日の日中であった。

 蓮はソファーに寝転がりながらスマホをいじる。


「誕生日8月13日なんだ」


 蓮はカレンダーを見てサキの誕生日までの期間を確認した。

 流水からは「サキが誤って誕生日の日に派遣を入れてしまっている。誕生日の日はゆっくりと過ごしてほしいため、変更してくれんか?」と連絡が入ったのだ。


「普段お世話になってるし。プレゼント渡したいな」


 蓮は流水のメール内容に了承した後、サキのため、プレゼントを用意しようと考えた。スマホで調べて何にしようかと悩む。

 蓮はサキにプレゼントを渡すとしたら実用的なものにしたい。


「そういえば、メイドさん疲れた時肩回すんだよな」


 たまたま気がついたサキの癖。その情報を元にネットサーフィンを続ける。

 すると、蓮の考えに合致するものを見つけた。


「これいいかも。でも、手持ち無沙汰だな。時間あるしバイトでもするか。普段やられてばかりだし、こういう、サプライズで驚かすのもいいかもな」


 蓮はサキの誕生日に間に合うように計画を練り始める。

 いつもは揶揄われっぱなしだ。たまには驚かせたいと蓮は考える。


「……やっぱ夏休みだから空きが見つからないなぁ」


 募集している求人を探すも見つからない。先の予定を探すも定員が埋まってしまっている。


「これ、今日じゃん。……他に良さそうな求人はないし」


 蓮は「倉庫整理、欠員補充のため急募」という内容を見つける。それ以外めぼしい求人は見つからない。


「……妥協はしたくないんだよね」


 募集の時間はギリギリ間に合う。だが、バイトに行っている間にサキが家に来てしまう。

 蓮は伝言すれば問題ないだろうと考えた。以前にも不在の時に派遣してもらったこともある。

 大丈夫だと判断した蓮は必要事項を入力して求人に応募した。

 応募が終わり準備に取り掛かる。


 だが、この時蓮は見落としをしてしまった。


「うわ、充電切れてるじゃん。どうしよう」


 スマホのバッテリーが切れてしまった。

 応募した手前バックれることはできない。身分証があるから本人確認ができるためバイトには支障はない。

 問題はどうやってサキに不在を伝えるかだが。


「……手紙を貼っておこうか」


 蓮はA4サイズの用紙にバイトに出る経緯と、派遣が終わったら帰っても良い旨を記載する。

 合鍵もサキに渡しているから問題ないだろう。


「やばい、遅刻しちゃうよ」


 蓮は手紙を書き終えると扉の前にわかるように貼る。

 そして、扉の鍵を開けっぱなしのまま走って向かったのだった。

 だが、不運が起きてしまう。


 扉に貼った手紙は貼り付けが甘かった。蓮が出発して数分後に剥がれて風に飛ばされてしまったのだった。

 そのせいでサキとすれ違いが発生してしまった。


「はぁ……疲れた」


 蓮がバイトを終えて帰宅している最中。マンションに着いたら、メイド服を着たサキが慌てる姿を目撃する。


「あれ?メイドさん?」


 心配で声をかけたのだが、サキは目を見開き驚いていた。そして、彼女は距離を詰め、蓮は胸ぐらを掴まれてしまった。


「……はえ?」


 蓮はポカンとしたのだった。


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