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第18話



「柳さん、約束覚えてる?ほら、俺が勝負に勝ったら何でも一つ願いを聞くって約束」

「はい」


 夏休みも終盤を差し掛かったある日のことだった。

 家事を終えたサキはリビングで寛ぐ蓮に唐突に話かけられた。視線を机に向けて警戒する。

 テーブルには一面にトランプが置かれていたからだ。


「陰でこそこそやっていることは存じておりましたが……。何のゲームですか?私の知っているゲームですよね?」

「もちろんだよ。やるのは真剣衰弱だよ」


 サキは勝負を持ちかけられたあと、内容のシンプルさを聞いて拍子抜けした。

 小細工をかけてくると思ったが。

 それを察したのか蓮は両手をあげ降参ポーズをする。


「いや、もちろん練習はしていたけど、どうも柳さんに勝てるビジョンが浮かばなくてね。なら、真っ向から仕掛けてみようと」

「……氷室様がそれで良いのならいいですが。イカサマはなしですよ?」

「そんなことしないよ。もしイカサマしたら勝負は白紙にした上で土下座するさ」

「氷室様の価値のない頭を下げられても嬉しくありませんが。まぁわかりました」


 思いの外堂々としている蓮に疑問を感じたが、今のところ蓮の表情から何も裏はないと判断した。トランプを見る限り小細工はない。よくあるイカサマトランプで、カードの裏面の端が数字のように見えるトランプかと疑ったが至って普通のものだった。

 サキはそのまま蓮の隣に座った。







「……なかなか強いね柳さん」

「これで真っ向から勝負を挑むとかアホですか?」

「言葉も鋭い」


 サキは余裕でいた。

 勝負は進み中盤戦。

 現在サキが優勢で、12対8とサキがリードしている。サキは一度捲ったカードを全て記憶して順当にポイントを稼ぐ。

 蓮は一度捲ったことのあるカードを間違えて捲ったりと小さなミスが多々見える。

 それが徐々に差を生んで現在の点数差になる。

 神経衰弱はサキの得意分野だろう。サキは生まれつきの瞬間記憶能力はないが、訓練を重ねてそれに近しいものを習得している。

 特徴を記憶し、物語のように記憶するのだ。

 今はサキのターンでこのままいけば勝てるだろう。だが、まだ捲られていないカードは何枚かある。確実に勝負を決めるため畳み掛けることにした。


「一度カードをシャッフルしましょうか」

「……いいよ」


 蓮の顔が歪む。だが、サキの提案を渋々承諾。このままターンが続けば負けてしまうから。

 まだ、カードが残っているので逆転を狙うには蓮はサキが間違えてもらうしかないのだ。

 カードをシャッフルすればお互い間違えるリスクを負う。

 サキはカードを無造作に混ぜていく。サキはカードに注視しながら一度めくったことのあるカードがどこに移動したかを記憶しながら混ぜる。

 別にこれはずるではない。戦略なのだ。

 全て混ぜ終わり、元あったカードは全てシャッフルされた。

 このまま勝負が進めば勝つのはサキだ。 

 ……だが、勝負の世界は何が起こるかわからないものだ。


「……あ」

「よし、俺の番だね!」


 サキはミスを犯す。

 たまたま一度も捲られていないカードを引き当ててしまい、無造作に捲ったが、外してしまった。

 これは痛恨のミスだ。蓮はサキがミスしたことを喜んでいた。

 蓮の顔から焦りが消えていた。

 その姿にサキは疑問を抱く。

 蓮が焦っていたのはこれ以上差を広げてしまっては勝てなくなるかと考えたからだった。

 今この場ではカードは元あった場所から離れすぎている。ミスを連発した蓮が覚えているわけはない。

 それなのに、サキが間違った瞬間余裕の笑み。まるで勝ちを確信しているようだった。


「氷室様はこれから一度でもミスをしたら勝機はなくなりますね」


 サキは一度言葉でゆすりを入れてみる。

 だが、蓮は気にせずにトランプを注視している。


「どれを引こうかな」


 蓮はそんなことを口にしつつトランプを見続ける。カードを見る蓮の距離が近すぎるような。サキは疑問に抱いた。

 蓮はニヤリと笑うとトランプをめくり始めた。


「これと……これ。よし!」


 蓮は一度捲られたトランプを引いたあと、まだ一度も捲られていないトランプを引いた。


「ふふふ。勝利の女神は俺に微笑んでいるようだ」

「さっさと引いてください」

「負け惜しみかな?」

「いえ別に」


 蓮はサキに勝ち誇った笑みを浮かべながらそう言った。

 続いて蓮は捲り続ける。


「よし揃った!」

「……いちいち見ないでさっさと引いてください」

「強がってる?」

「違いますが?」


 サキは少し焦り始めたが、深呼吸をしてどうにか冷静を保つ。

 サキは内心現状の整理と疑問点を整理する。

 蓮はシャッフル後、一度捲られたカードを覚えている可能性はない。

 見失っていたからだ。

 それに、連続で引き当てるなんてそんな偶然あるだろうか。

 言動の不一致に引っ掛かる。

 運が良かった可能性もあるが、その後もカードを揃え続けている。そんなことができるか?

 それにさっきまでは普通に巡っていたのに、シャッフルした後はカードを注視している。

 一枚、一枚その後も淡々とカードを捲る蓮を観察する。


「……イカサマしていますね」

「……え?」


 カマかけたつもりだったが、蓮の表情が固まった。サキは目を細める。


「何を言っているんだよ。証拠なんてどこにも」

「なら、もう一度シャッフルした上で引く時は距離をとって引いてください」

「……別に捲り方なんてどうでもいいでしょ?」


 一度ボロが出たら蓮の余裕が崩れ始めた。

 サキはイカサマをしていることを確信した。タネがわからないが、もう一度シャッフルしてカードから少し距離をとらせ引かせたらサキは勝つだろう。

 だが、蓮は自分が持っていたカードの裏をサキに見せて土下座した。

 その後顔を上げてネタバレをした。


「実はこのカードの中心の横に数がわかるようになってるんだ。よく見ると一枚一枚模様が違うでしょ?イカサマしちゃったから勝負は白紙だね!やっぱ柳さん強いね!」

「……まさか、それで終わらせるつもりですか?」


 勝負に勝てなくなったと思った途端蓮は開き直りやがったのだ。

 サキは蓮を睨みつける。


「だって!別にイカサマしたら負けなんて言ってないし!白紙に戻ることで了承したじゃん!」

「まぁ……そうですが。なら、もう一度最初から」

「いや!勝負は白紙に戻ったつまり!なくなったってことで!」

「……」


 サキは久々に蓮をゴミ見る目で睨む。

 だが、始めしていた約束は蓮の言う通りだった。そうだった。こう言う人だったな。

 最近はいい人すぎる印象が強く、油断していた。

 サキは改めて蓮の姑息さを認識したのだった。


「……もういいです」

「ごめんて!最初は自力で頑張ったんだけど、勝ち目ないと思って!」


 見損なったのは今更なのでサキはため息をこぼすと帰ろうとし、蓮は必死に謝る。

 ……それでも、嫌いになれない。厄介な人を好きになってしまった。

 サキは自分のダメさ加減にもため息をこぼしたのだった。

 サキは蓮に睨みながらこう言った。


「いつかやり返しますよ」

「こ、怖いからやめてよ」


 最後にサキはそう言って慌てる蓮に微笑む。その笑顔が蓮にとっては恐怖でしかなかった。


 そのサキの仕返しは予想外のやり方でやり返すことになった。



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