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第19話


 8月も下旬となっても残暑が続くある日のこと。

 サキは相変わらず蓮の家に派遣する日々が続く。

 冷房をガンガンに効かせた部屋でサキはいつも通り掃除をしていた。


「……どうしたんですか?カレンダーなんて見つめて」


 サキが掃除をしていると蓮はソファーに寝転がりながらカレンダーをじーっと見つめていた。


「2ヶ月足りないなぁって思って」

「……はい?」

「夏休みだよ。もっと増えないかなって」

「氷室様はついに暑さで頭がおかしくなったのですね」

「ひどくない?」


 蓮はサキに視線を向けるが、いつも通りかと気にせず話を続ける。


「今年の夏休みはあっという間だな。ここ数日やることもないし最後に刺激がほしい。柳さんもそう思わない?」


 蓮はサキに問いかける。

 サキは掃除の手を止めずに応えた。


「そうですね。……確かに今月は過ぎるのが早いかもしれません」


 サキは同意する。生活に大きな変化が現れた月だった。

 外食したり、遊園地に行ったり。

 今までのサキは仕事だけが日常であったが、蓮との日々は新鮮で一月が過ぎるのが早いと感じていた。


「氷室様は毎日がキラキラするようになったのではありませんか?」

「確かに」

「こんな美少女と一つ屋根の下で過ごせる。一生分の運を使い果たしてしまったのかもしれませんね」

「えぇ、それはなくない?」

「……へぇ。氷室様は私は美少女ではないと。そうおっしゃるんですね」

「いや、そこじゃないから!運を使い果たしたってところ!」


 蓮はサキの軽口を流そうとしたら急に声のトーンが低くなったため、蓮は飛び起き誤解を解く。

 目が合うと、サキはニヤリとしていた。蓮をまた揶揄ったのだ。


「もう、心臓に悪いからやめてよ」

「氷室様が刺激が欲しいとおっしゃるから気を使ったのではありませんか」

「ゾワリとする刺激じゃないよ!遊園地行った時みたいな楽しい刺激!」

「ああ、そっちですか」

「絶対わざとだよね?」

「否定はしません」


 蓮はまたやられたなと苦笑いを浮かべる。


ーーピンポーン。


 そんな時だった。蓮の家のインターホンが鳴る。

 蓮は出ようとしたがサキは蓮よりも早く玄関に向かった。


「氷室様はごゆっくりしてください。私が出てきますね」

「それくらい自分でやるのに。配達かな?頼んでた荷物があって。手のひらサイズのものだからお願い。印鑑はいつものところにあるから」


 蓮はサキの言葉に甘え、気にせずにソファーでくつろぎ始める。







「……誰ですか?」

「私は氷室様のメイドです。あなたは?」

「……メイド?」


 サキはいつも通り応答しようとしたが、ドアを開けると小柄な黒髪の少女がいた。

 どこか雰囲気が蓮と似ている可愛らしい少女。

 黒髪の少女はサキを見ると目を細めて警戒し、沈黙が続いていた。


「玲奈?」


 そんな時、なかなか戻らないサキを心配したのか蓮が扉の間から様子を窺う。予想外の来客に驚く。


「お兄ちゃん……」

「氷室様、この方は」


 玲奈が何故ここにいるのか蓮はわからずにいたが、事態を収集するために蓮はサキと玲奈の間に入る。

 サキは以前電話で話していた妹の玲奈であると認識する。

 玲奈は蓮の声が聞こえて少しだけ安堵していたが、サキと蓮を順に見た後表情が曇る。

 そして、スマホを取り出した。


「そうなんだね。ついにコスプレまでさせて。……なるほど。雑誌を送り返してきたのはこんな背景が。雑誌で満足できなくなったんだね」

「ちょっと待って玲奈。何か勘違いしてるよ?な、何しようとしてるの!」

「何ってお父さんに連絡しようと思って」

「頼む話を聞いてくれ!」

「うわ、びっくりした」


 玲奈は急に蓮が土下座して頼み込んできたことでビクリとした。

 蓮は追って説明する。


「彼女は歴とした正真正銘のメイドだ!決してコスプレなんかじゃないんだ」

「……はぁ」

「ほ、ほんとだ。玲奈が考えるような不純な関係じゃない!ほら、柳さんからも!」


 蓮はサキから言葉をかけるよう視線で促す。

 サキは急に話を振られても困るわけで。どう言葉をかければ良いか迷う。


「不純……ではないと思いますよ?」

「なんでそこで言い切れないの!」

「……お兄ちゃん?」


 玲奈は首を傾げ、蓮は慌てた。

 この状況では火に油を注ぐ行為。サキは蓮の助けを求める視線を感じてため息をこぼす。

 サキは冷静に言葉をかける。


「玲奈様。中で話をしませんか?ご説明いたします。連絡はその後でも遅くないかと?」

「……わかりました。お邪魔します」


 サキは玲奈にとりあえず納得していない玲奈を部屋に入るよう伝え、リビングの椅子に座るように促した。




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