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第22話

 蓮の家から自転車で5分程の距離にある高校、梗華高等学校。創立10年目の元男子高校である。

 3年前に共学となったが、現在の男女比は3対1である。

 校舎は新設された時、同様真っ白い壁に汚れひとつない綺麗な高校である。


「これが氷室様が通う高校」

「サキさん珍しい反応しますね。どこの高校も似たようなものじゃないですか?」

「いや、柳さんは飛び級してるから来たのは初めてなんだよ」 

「サキさん優秀すぎません?」


 サキは流水の提案通り学校見学に同行していた。ホームスクーリングで授業過程を終わらせたサキからしたら新鮮だった。


 蓮は高校の制服で玲奈は中学のセーラー服。サキはタイトスカートのビジネススーツを着ている。

 サキがその服装なのは当たり障りのないよそ行きの服で選んだのだ。

 3人は校内を歩き進む。蓮が先頭にたって案内を続ける。


「……視線を感じますね」


 サキは視線に敏感になっている。生徒とすれ違うたびにそう感じる。

 実際にサキの容姿は男女問わず視線が集まる。男はサキに見惚れて視線を向けてしまい、女はサキに憧れの視線を向ける。

 ビジネススーツに身を包む今のサキの姿はまるでビジネスウーマン。男社会に食い込むできる女というように映る。

 落ち着きのないサキに蓮は気を遣って言葉をかける。


「ちょっと人気の少ない教室に行こうか」

「……何しれっと連れ込もうとするんですか」

「違うからね!玲奈もいるんだから、そんなこと言わないでよ」


 だが、サキは警戒する演技をしながら言葉を返したことで蓮は慌てて否定する。


「仲いいね、ほんと」


 玲奈はそんな2人のやり取りを見て呟く。少しだけ妬いているようだった。

 そんな玲奈の態度に蓮とサキは気が付かず。蓮は一通りの案内を終えると普段蓮が通っているクラス教室に移動した。






 それから3人は蓮の案内の元、蓮の2年生の教室に足を運んだ。

 教室に入ると真っ先に玲奈は窓側からの景色を眺め、サキはゆっくりと教室を見渡すように歩く。


「……これが教室」


 サキは立ち止まり近くにあった冷たい机を軽く撫でると自然と笑みが溢れる。


「柳さんどうかした?」


 すぐ近くにいた蓮はサキに声をかける。サキはなんでもないとすぐに返した。

 サキは学生たちが過ごす青春を見て哀しげに思ってしまった。

 サキはふと蓮の席がどこなのか気になった。


「氷室様の席はどこなんですか?」

「えっと、そこだけど」

「お兄ちゃん後ろの窓際とか勝ち組じゃん」


 サキは玲奈の言葉に軽く笑うと蓮に示された席に近づく。

 蓮の席は窓際後ろから2番目の席だった。


「ここが……」

「結構いい席でしょ?席替えした後、男どもが食券3日分で交換してくれと条件を出してくるほどの席なんだよ!」

「それはどのくらいの価値なんですか?」

「その席1000円くらいの価値しかないんだ。なんだ、そんないい席じゃないんだ」

「そうじゃないからね!ものの例えじゃん」


 蓮は2人に自分の席の価値を簡単に説明したつもりが、例えが悪かったらしく軽く流されてしまう。

 つまり、そこそこ人気の席なんですね。サキはそんなことを思いながらその場からスッと動き蓮の右隣の席にゆっくりと腰掛ける。

 テーブルに右肘を立てて外を眺める。


「氷室様も座ってみてくださいよ」

「え?なんで」

「良いからお願いします」

「わかったけど」


 蓮はサキの意図はわからず、首を傾げる。


「ああ。ごっこ遊び的なアレですね」

「そうですね。気分だけでも」


 玲奈の言葉に相槌を打ちながらサキは蓮に座るよう視線を向ける。

 蓮はゆっくりと席に着く。

 サキは思ったことをそのまま口にした。


「もしも私が氷室様の同級生で、隣の席ならこんな感じになるんでしょうか?」

「……え?」

「ああ、お兄ちゃんの変人行動を咎めてそう」

「玲奈、その例えがよくわからない」

「……それも楽しそうですね」

「ん?なんか言った?」

「……いえ、なんでもありません」


 少しだけ想像してしまった。もしも蓮と同じ学校に通っていたらどんな高校生活を過ごしていたのだろうと。

 蓮と深く関わって、好意を自覚した。そんな蓮と一緒に過ごす青春は楽しそうだなと思った。

 自分が望めば高校へ通うことができる。

 だが、それをしてしまうと流水の元から離れる日が増えてしまう。

 もともとサキがメイドになったのは流水の元から離れたくないという理由もあったからだ。

 頭の中で考えがぐちゃぐちゃになる。サキはずっと黙ってしまっていては心配をかけてしまうと思いた口を開く。


「少し歩き疲れてしまったみたいですね。何か飲み物買ってきますね。何か飲みたいものはありますか?」


 サキは少しこの場を離れたかった。 

 少しだけ雰囲気に流されてしまったとサキは自覚する。そう思い一度教室を出ることにした


「……俺はコーラで。玲奈は紅茶?」

「お兄ちゃん普通男が買いに行く場面でしょ?」

「柳さんはメイドなんだからいいの!」

「……最低」

「う、うるさいなぁ」


 蓮はサキの表情で何かを察してジュースを頼んだが、玲奈は見損なったという顔をする。

 1人になりたいサキにとって蓮の心遣いはありがたかった。

 サキは自然に笑みが溢れて一言。


「承りました。では氷室様財布をお借りしますね」

「え?柳さんの奢りじゃないの?」

「お兄ちゃんマジで男としては最低」

「玲奈……口悪すぎ」


 そんなやりとりにサキは笑いつつも渋々財布を取り出した蓮から受け取り教室を出た。

 サキは自分が先ほどまでどんな顔をしていただろうと考える。


「最近、おかしいですね私」


 今のメイドとしての姿はサキ自身が決めたこと。

 今まではそれでよかった。なのに、蓮と関わるようになってから少なからず気持ちに変化が生じている。


「……考えるのはやめましょうか」


 サキは自分に言い聞かせるように呟く。頭の中を切り替えてからジュースを買い、教室に戻った。


「おかえり。そろそろ帰ろうか。さっきじいさんから今晩夕食食べに来ないかって」

「是非とも行きたいです!」

「ごめん、玲奈のやつご馳走様食べられるって聞いたらすごく乗り気になっちゃって」

「三つ星シェフが作った料理なんてそうそう食べられるものじゃないんだよお兄ちゃん!」


 教室に戻り、頼まれていたジュースを手渡すと蓮からスマホのメッセージを見せられる。

 玲奈は行きたいようで少し興奮気味になっていた。


「わかりました。ではいきましょうか」


 サキは了承したのだった。




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