「お疲れ様」
「……一条さん?」
玲奈が帰宅してから数日後だった。
サキは蓮の派遣の仕事を終え、更衣室で荷物の整理を始めようとした時だった。
帰宅早々に一条に労いの言葉をもらう。
あまりのタイミングの良さに帰ってきたタイミングを見計らってきたのは分かった。
サキは別に一条に嫌っていない。むしろ尊敬しているし、メイドの師匠のような人だ。だが、無意識にサキは身構えていた。
「……何か?」
「何でそんなに警戒しているのかしら?」
「いえ、そう言うことではないのですが」
一条は笑顔で聞いてくる。
こういう時の一条は少しだけ怒っている。
身構えてしまったのは蓮との遊園地に行く前にほぼ無理矢理買い物に連れ去られたから。そのため急に声をかけられ、何かあるのではと警戒してしまったのだ。
「……いえ、以前の買い物の件で」
「あれはサキがオシャレしないのが悪いんでしょ?でも、そのおかげで成功したんじゃない」
「それはそうですが」
「まぁ、私も無理やり過ぎたのは反省ね。あの時はごめんなさい」
「そ、そんな頭をあげてください!」
「はい、てことでこの件は終わり!」
「……わかりました」
一条が謝罪し頭を下げたのでサキは慌てて止めに入ったが、一条はすぐに頭を上げる。
随分と切り替えが早いな。そんなことをサキは思いつつ、このテンションについていくのは疲れるなと内心一区切りつける。
「それで、何か御用ですか?」
サキは話を切り替え用件を聞いた。
「旦那様から執務室に来るようにだって」
「わかりました。おじいさまのところへ行ってきますね」
「言ってらっしゃーい」
流水はサキにどんな用件があるのやら。サキは一条に見送られ流水の執務室に向かった。
「仕事終わって早々すまんかったの」
サキが執務室に入る。流水は机の上でパソコンを操作していたが、サキが来ると手を止め謝罪の言葉を言う。
「いえ、お気になさらず。用件とは……高校の件でしょうか?」
「そろそろ決心はついた頃かなと思っての」
「……はい」
サキが予想していた通り呼び出したのは高校についてであった。サキはまだ悩んでいた。
流水が指差した先に、少し分厚い封筒があった。サキはそれを見るとゆっくりと近づく。
「梗華高等学校……転入案内」
「手続きはすでに済ませておる。あとはサキ次第じゃ。嫌というならば断っても構わん」
「……おじいさま」
流水はサキへ微笑み最終的な判断をサキに促した。
サキは封筒を少し強く握る。
どうしようかと答えを言えない。
サキは蓮から高校生活についての話を聞いて興味を持っていた。
行ってみたいという気持ちはある。
だが、流水に迷惑や苦労をかけてしまう。
「私が高校へ通うことは……迷惑ではないでしょうか?」
サキは抱えていた不安を溢す。少しだけサキの声は震えていた。
我儘を言って流水を困らせるのではないかと。流水に蓮と話した高校についての話を何度かしたことがあった。
今回の高校転入について流水が気を遣って準備してくれたのはサキは知っている。
どのような言葉をかけられるだろうか。その不安からサキは流水を見れないでいた。
流水は不安がるサキに微笑む。
「サキ。お主にはもっと我儘になってもいいと思うんじゃ」
「……はい?」
サキはキョトンとする。流水は立ち上がるとサキに近づく。
「迷惑?むしろもう少しワシを困らせてほしいと思うくらいじゃ。お主は今まで何も弱音を吐くことなく全てをこなしておった。ワシを困らせることがなくて逆に心配したくらいじゃ」
「私はおじいさまに心配をかけてしまったのですか?全て完璧にこなしていたと思いましたが」
「そうではない。心配をかけないことが心配なのじゃ」
「……それはどう言う?」
「どう説明したものかの」
サキは首を傾げる。心配をかけないことが心配?それはどう言うことだろうか。
流水は遠回しに我儘を言ってくれと伝えようとしたが、なかなかサキに伝わらない。
流水は意を決して本音を伝える。
「サキ、お主にはもっと自分の気持ちに素直になって欲しいんじゃ。お主が高校に通いたいと気持ちがあるのは知っていた。だから黙って手続きを済ませてしまった」
「……おじいさま」
サキは目を見開く。
自分の気持ちに素直になって欲しい。言葉にされて自覚した。
確かにサキはメイドになった後は流水に少しでも迷惑をかけてしまうと考えた場合、自分の気持ちは押し殺していた。
「サキ、少年と過ごす日々は楽しいかの?」
「はい。毎日が新鮮で……楽しいです」
「この前話しておったな。高校ではいろんなイベントがあると。今年は文化祭があると少年が言っておった。ワシの力を借りたいとか」
「そういえばメイドカフェをやりたいって熱く語っていましたね」
「……サキ、気がついておるか?お主今楽しそうにしていることに」
「……そう……ですね」
サキは流水に指摘されて口角が上がっていたことを自覚した。そんなサキに流水はゆっくりと言葉をかけた。
「そんな少年と過ごす学校生活は楽しそうじゃ。ワシは後2、3年は日本を離れることはない。ワシは働きすぎたのでな。羽根を伸ばしたいんじゃ。このまま屋敷と派遣の仕事だけでは暇を持て余してしまうぞい?人と関わり、成長する。学校生活は社会勉強の一環だと思うんじゃ」
「……はい」
「今回は人として、メイドとして成長できる良い機会だと思うんじゃが。どうじゃろうか?」
最後に言葉をかけて流水はサキの頭を優しく撫でる。
サキはここまで流水に言われて少しは我儘を言ってもいいんだと思った。それにここまで流水に言葉をかけてもらって断ることはサキにはできなかった。
サキは自然に笑みが溢れる。
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
嬉しさのあまり声が震えるサキだった。
こうしてサキは高校転入が決まる。だが、その時サキは少しだけ蓮にサプライズを仕掛けたいと思った。
だから、蓮には連絡を入れないように流水にお願いしたのだった。
そして、転入当日。何の因果かサキは蓮のクラスに配置された。
クラスの男子は銀髪美少女が来たことに歓喜し、女子はそんな男子に冷たい視線を向ける。
そして、固まったまま俺を見るなアピールをする蓮。驚かす事はできたし、この前のトランプの件の仕返しはできたかなと内心思いながらサキは自己紹介をする。
「初めまして、柳=ロゼリア=サキと申します。よろしくお願いいたします」
綺麗なカーテシーで。とびきりの笑顔で挨拶をする。
「席はどうするか」
「あの、先生お願いがあるのですが」
そして、サキはゆっくりと蓮を指さす。さらに蓮の顔色が悪くなるが気にせず話す。
「できたら蓮君……いえ、氷室くんの近くに座りたいのですが」
「何だ、氷室の知り合いなのか」
「はい。幼馴染なんです」
その言葉を聞いた途端クラスメイトは蓮に視線を向けざわめきだしたのだった。