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第26話

 その日、氷室蓮は死を覚悟した。


 何気ない日常が始まる前であった。

 クラスでは新しい転校生が来るという情報をいち早く手に入れた男子生徒が騒いだことでクラス内は賑わっていた。

 蓮もまた、クラスにどんな仲間が加わるのかを楽しみに過ごしていた。


 その転校生が来るまでは。

 銀髪の美少女が入ってきた瞬間クラスは静まり返った。

 息を呑むほどの美しく、歩く一挙手一投足が洗練されていたからだ。


「……は」


 ……何でいる?

 蓮だけは半袖のセーラー制服を着るその少女の姿を目にした瞬間固まった。

 脳が状況整理に追いついていないのだ。

 頬をつねってみても夢ではない。だから、焦りが増した。


「落ち着け俺、落ち着け俺」


 蓮は小声で自分に言い聞かせる。すると隣の席から小声で話しかけてくる大柄な男子生徒がいた。


「どうしたんだよ蓮。あの美少女に惚れてたか?わかるぜ?俺も惚れちまったからよ」

「違うよ……ちょっと気分が悪くて」

「美少女に酔っちまったのか。どうせ蓮のことだ。あの美少女のメイド姿を想像したんだろこの変態め!」

「……あははは。少し黙ろうか進藤」


 この大柄な男子生徒は名を進藤という。蓮と似たような存在だ。メイド喫茶に行く友達でもある。

 蓮はどうするべきか悩んでいた。

 この場で蓮とサキの関係がバレてしまったら学年中の男子どもを敵にまわしかねない。


「初めまして、柳=ロゼリア=サキと申します。よろしくお願いいたします」


 綺麗なカーテシーで。とびきりの笑顔で挨拶をする。こういうところは流石だなと思った蓮。すると蓮とサキは視線が合う。


 ……今一瞬笑ったような。


 蓮はサキに疑問を感じたがとりあえず話しかけるなというアピールをする。

 だが、そのアピールにさらにサキの口角がわずかに上がる。


 ……何か仕掛けようとしてる?いや、そんなはずない。


「席はどうするか」

「あの、先生お願いがあるのですが」


 話しは進みサキの配席について。普通ならば空いている席に座るのだが。

 サキの指先がゆっくりと蓮を指す。蓮はその時数日前の出来事を思い出した。


『いつかやり返します』


 一度イカサマ勝負を仕掛けて白紙になったあの日のサキの言葉。

 ……え、まさか。……そんなこと。

 蓮の顔はさらに真っ青になる。


「できたら蓮君……いえ、氷室くんの近くに座りたいのですが」

「何だ、氷室の知り合いなのか」

「はい。幼馴染なんです」


 途端クラスメイトは蓮に視線を向けざわめきだし、蓮は死を覚悟したのだった。

 助けてくれそうな人物に救いの手を求める。


「な、なぁ進藤どうしよう」

「なるほどなぁ。カフェ行こうぜって誘っても断るわけだ。あんな幼馴染がいたら付き合い悪くなるよな」

「ど、どうしたんだよ」

「そういえばお前が夏休み中、女を侍らせて学校に来ていたという噂が流れてたんだ。まさか裏切っていたなんてな」

「進藤殺気漏れてるけど」


 そんな噂流れてたのか。

 まぁ、メイド喫茶行くより本物のメイドが家に来るからという理由で断っていたのも事実なので何も言えない。

 そんなことを思いつつ蓮は進藤をどうにか説得しようと試みる。

 だが、それは失敗に終わる。

 蓮の目の前にはすでにサキが移動していた。

 どうやら担任から蓮の後ろに座るように言われたみたいだった。


「蓮君よろしくお願いしますね」

「……柳さん」

「いつもみたいにサキでいいですよ?」


 今日の柳さんは様子がおかしい。その笑顔怖すぎる。

 少し馴れ馴れしいというか。いつの間にか幼馴染って設定を作ってるし。

 これ以上墓穴を掘る前に何かしらの対策をしようと考える蓮。そして、改めてもう2度とイカサマはしないと。サキを怒らせないと決めたのだった。

 その後休み時間になると蓮は男子から敵意を向けられぼっちで過ごすことになってしまう。

 サキは持ち前のカリスマ性ですぐにクラスメイドとの関係を構築していった。

 蓮はメイドと主人という関係がバレないようにするため、昼休みに入ると校舎裏に来るようにサキを呼び出した。











 ……少しやり過ぎてしまいましたね。

 サキは蓮から校舎裏に呼び出しのメッセージを受け取りやりすぎたと反省していた。

 サキは真剣衰弱のやり返しをしたいと蓮が少し嫌がることをしたつもりだった。

 だが、効果は絶大でクラスメイドは驚いていた。男子の中には激怒してしまった者もいるだろう。

 サキはどうにかクラスの熱を鎮静するために説得していつも通りの雰囲気に戻すことができた。

 だが、幼馴染という設定は否定しなかった。少しだけこのまま流れに身を任せて達成したいことがあったから。


「……え?名前呼びにするの?」

「はい。ですので私のことはサキと呼んでください。私は蓮君と呼びますので」

「えぇ……」


 蓮は嫌そうな顔をした。サキがやりたいのは名前で呼び合うことだ。

 どうせ幼馴染と宣言したので勢いに乗っかろうした。


「女の子の名前呼びは難易度高いよ」

「名前で呼ばないと派遣の話バラしますよ?」

「……俺に死ねと?柳さんはなんでそんなに名前で呼ばせたいの?」


 そう質問されてサキはどうしたものかと考える。深い理由はない。ただ下の名前で呼び合いたいだけなのだ。

 サキはそれを素直に伝えられるわけがなく。


「恥ずかしそうに私の名前呼ぶ蓮君の姿が面白そうなんですもん」


 ニンマリと笑みを浮かべてそう言った。

 蓮は少し悔しそうな顔をしたが渋々了承した。


「わかったよ。柳さん呼び出して悪かったね。お昼食べる時間なくなるし早く戻ろうか」

「……」


 サキは蓮に教室に戻ろうと促されるが黙りであった。

 名前呼びでないから反応しないと言うのは蓮はすぐにわかった。

 蓮は顔を赤くして再度言った。


「サキ……教室に戻ろうか。ねぇ。本当にやらなきゃだめ?恥ずかしいんだけど」

「慣れてくださいね。蓮君」


 サキは蓮を鼻で笑うと追い越すように歩く。今のサキは名前呼びが始まった嬉しさのあまり少しだけ顔が赤くなってしまっていたからだった。




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