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第30話

 それから、一条の勘違いはどうにか解けた。……解けたと信じたいサキであったが、無理だろう。一条には蓮との執事のプレイを一部目撃されてしまったので、弁解は難しい。

 真面目でお堅いサキという印象が、真面目でお堅いけどドSに目覚めているという変なレッテルを貼られてしまった。


「サキ、気にすることないよ」

「……別に気にしてませんよ」


 サキは一条との一件でかなりのショックを受けていた。信頼や信用というのは築くには時間がかかるものである。

 逆に、失うときはジェットコースターのように。サキが蓮に募っていた恋心と同じようである。


「……はぁ」

「笑顔笑顔!サキは笑ってた方がいいんだから!」


 蓮は落ち込むサキをどうにか慰めようと言葉をかけ続ける。

 サキがため息をこぼす理由は最後に一条に言われた言葉が原因である。


『まぁ、サキも年頃だしね。最近恋にいろんなことに興味が出る年頃だもんね』

『だ、だから誤解なんです!』

『そうだね。誤解なんだね。わかってるわかってる』


 温かい目で自分は分かってるんだよと一条に励まされた。

 その後一条は仕事があるからと言ってサキは何も誤解を解くことができず終わってしまった。

 まぁ、一条は口が硬い。屋敷中に広がることはないだろう。唯一そこは救いである。  

 そこまで考え、ゆっくり誤解を解いていけば良いと結論付けて考えを切り替えた。

 視線を上げると心配そうに見つめている蓮がいた。


「なんか、疲れました。もう着替えていいですよ」

「……随分あっさりしてるんだね。結構ノリノリだった気がするけど」

「……」


 蓮にそう指摘してまたサキは俯く。あまり突っ込まれたくない言葉だった。

 先ほどのドSバージョンのサキとあまりにもテンションが違ったので、蓮は拍子抜けする。

 扉越しにサキと一条の一部始終を見ていた蓮からするとなんとなく窶れていると察した。


「そこまで気にするならしなきゃよかったのに。なんで執事プレイしたか聞いても大丈夫?」

「傷口を抉るのがお好きなんですね」

「ごめんて。テンションの高低差がすごいんだもん」


 遠慮のない言葉にサキは蓮を細目で睨む。

 蓮は少し調子に乗りすぎたと自覚しつつ、本音をこぼす。そんなに気にするならしなきゃよかったじゃんと内心思う蓮だった。

 サキはポツリと訳を話した。


「奉仕してもらったら楽しいんじゃないかって思ったんです」

「なんでまた」

「私にとって仕えるのが当たり前。今まではそう思っていたんです」

「考えが変わったってこと?」

「価値観というべきでしょうか。メイドという立場から離れたあと、奉仕される立場はどのようなものか、ふと思ったのです」

「それで今回試してみたと」

「はい」


 サキはもしもその逆になったらどんな気持ちなのだろうと考えたのだ。

 いつもお家メイドプレイだの変なお願いをされるが、最近に至ってはそのプレイのために勝負を挑まれる。

 蓮視点で考えてみた。蓮はいつも楽しそうにサキに接している。

 ただ、今日は蓮の奉仕されることが楽しくなってしまい少し変わった方向性になってしまった。


「それで……俺の執事はどうだった」

「……悪くなかったです。今度は蓮くんの家でやりましょうか」

「……元気そうでよかったよ」


 サキは蓮に聞かれて口元を隠しながらそう言った。楽しかったのは本音だった。

 考え方が良い方向へ進んでいるならばよかったと考えた蓮だったが、サキの反応を見て苦笑いを浮かべた。

 サキが新しい何かに目覚めかけていた。蓮もまた、今日のあのやりとりは新鮮で楽しかったと思ったのは内緒である。







 サキは蓮に今晩のおかずを作ってタッパーに詰めて渡した。

 今日一日働いたことで少しだけお給料も入ったので蓮は嬉しそうにして帰った。サキは蓮を見送ると仕事から帰った流水の元へ訪ねていた。


「おじいさま、今日は急なお願いを聞いてくださりありがとうございました」

「気にするでない。若いのが屋敷に入ると雰囲気が良くなるのでな。特に少年がいると屋敷の皆が活気づくのでな?」

「騒がしいだけでは?」

「若いものがいると言うのは自然と話の種になるものじゃ」

「……はぁ」


 サキは流水の言葉の意味がわからず首を傾げる。

 初めは中間考査で勝った権利で働いてもらおうとしたが、やはり労働には正当な報酬はつきもの。前日まで考え流水に頼み込んだのだ。

 流水は以前、蓮が働いたことがあり他の使用人からの信頼もあったので二つ返事で了承したのだ。

 流水はキョトンとするサキに言葉をかける。


「若者同士の青春は素晴らしいと言うことじゃ」

「……別に私と蓮くんはそんな関係じゃ」

「いつの間に名前で呼び合うようになったんじゃ?」

「……」


 察したサキはすぐに否定しようとするもボロを出してしまう。そのままどう答えたものか黙り込む。

 そんなサキに流水はニヤリとする。


「ただ、遊びは程々にの」

「お、おじいさま。なんのことで」

「趣味は人それぞれじゃしの」


 瞬間サキは目を見開く。

 知られていないと思っていた。だが、今の口ぶりを察するに一条に見られた一件を聞いていたのだろう。


「おじいさま!違います。誤解なのです!」


 流水の執務室から慌てるサキの叫び声が屋敷中に響き渡る。流水は誤解だと知っていたが、少し揶揄いを入れるつもりだった。

 だが、サキの慌てようについ笑ってしまったのだった。

 その後誤解であること知っていると流水に言われ揶揄われたのだと自覚したサキは流水と数日口を聞かなかった。


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