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第31話


「……なんですか、唐突に」


 蓮がサキの執事として働いて数日後。

 最近、蓮は部屋に篭ることが多く、会話の機会が少なくなりつつあったある日のこと。

 いつも通り派遣の仕事に入ろうとした瞬間、蓮に土下座をされたのだった。

 裏があるのだろうと思い、サキは適当にあしらおうとした。


「簡単に作れるお菓子を俺に教えて欲しい!」

「本当に唐突ですね。まあ、話くらいは聞きますけど」

「そこをなんと……か? え、まじで?」

「なんですか、その反応?」

「だってサキが俺の話をすんなり聞いてくれたから」

「話さなくていいんですね。ならいいです。忙しいので」

「冗談冗談! とりあえず座って!」


 蓮はそっぽを向いたサキを静止した。

 サキはため息をこぼすと、リビングの椅子に腰掛けて向かい合うように座る。

 サキが話を聞こうと決めたのは、蓮がここ数日徹夜で何かに取り組んでいるのを知っていたからだった。ただ、なぜお菓子作りなのかは不明だったが。

 蓮は「実は」と、少し申し訳なさそうに説明を始めた。


「もうすぐ文化祭があるから、それでサキが知ってる範囲で簡易のお菓子の作り方を教えて欲しいんだ」

「それでしたら協力するのもやぶさかではありませんが。何をするつもりなんですか?」

「……」

「なぜ黙るのですか?」


 蓮は黙り込んだ。

 あまり、言いたい内容ではなかったのだろう。サキも協力自体はしても良いと思ったが、用途が不明なことに協力するのは嫌だった。

 少し言いづらそうにしていた蓮は視線を右往左往させるも、意を決して話す。


「……メイド喫茶をやりたくてさ」

「……はい?まさか私に変なことをさせようとしているんじゃないですよね?」


 サキはキョトンとした。


 蓮はサキに、今まで文化祭に向けて徹夜で計画していたことを話した。

 流水に協力してもらい、古着のメイド服や執事服、白い大きなテーブルクロスを借りる承諾を得た。

 ただ、料理の部分で行き詰まってしまった。ネットに書かれている内容を試してみても、なかなか納得がいかない。

 学生が楽しんで、学祭なので安い値段で料理を提供したいと考えたからだ。


 だが、ネットのレシピでは手間も費用も少しかかり過ぎてしまう。

 それに、素人が作ったものでは食べられなくもないが、「まぁおいしいかな」止まり。

 簡単に作れて費用も抑えられる。そして、直接教えられる人物の存在が必要だと考えたのだ。


 そのためサキに助けを求めた。サキは、蓮に料理を提供する際に費用を抑えて味も最大限引き出している。それに、余り物だけで美味しい料理を提供している。サキ以上に適任の人物はいないのだ。


 経緯を聞き、サキは「しょうがないな」と小さくため息をした。


「一つ命令を聞いてくださるなら、お引き受けします」


 頼られて嬉しいと思ったが、無償で引き受ける気はなかった。


「……」

「沈黙にならないでくださいよ」

「……煮るなり焼くなり好きにして。ただ、文化祭が終わった後だよ。前借りってやつ」

「あなたは私をなんだと思ってるんですか」


 蓮は何を願われるのか身構え、サキはため息をこぼした。

 以前は調子に乗ってSMプレイ紛いなことをしたので、蓮が身構えるのはわからなくもないが。そんなことを思いつつも、サキは忘れようと努力している自分の黒歴史を消した。


「何か一つ私の願いを聞く、それが条件です。無償で引き受けるのは絶対嫌です」


 妥協はしないのがサキの性格。蓮は熟考の末、首を縦に振った。

 その後、サキはどういったものが良いかを蓮と考える。サキも自分が持てる知識と経験をフル稼働させた。

 原材料を抑え、安く美味しく提供する。


「クラスはやる気があまりないとのことですので、作り置きができるものが良いかと。マフィンなど簡単かもしれません。……日持ちもしますし。メニューを工夫すればおやつ感覚で食べられます」

「マフィン……考えもしなかったかも」

「比較的簡単に作れますし、見栄えもします」

「たぶん学生でオムライスとかは無理だよね」

「そうですね。そもそも生卵使うの禁止ですし」

「え、マフィンって卵使わなくてもできるの?」

「できますよ。バターと卵を使わなくても、少し高くなりますが米粉を使えば代用はできます」

「ほぇ……そんなことが」


 サキと蓮はその後も計画を練り続けたのだった。そして、文化祭の企画決めのクラスの会議当日を迎えた。



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