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第32話

 「さて、他に意見ある人?」


 文化祭実行委員のクラスメイトが黒板に出てきた案を次々と書き記していく。

 お化け屋敷に迷路、ミスター&ミスコンテストなどなど。当たり障りのない案がちらほら出始めていた。


 サキはクラスの雰囲気を眺めながら、心配そうに蓮に視線を向ける。


「……計画は成功する。俺たちによる完璧な作戦」


 早く終われよと、そんなやる気のないクラスメイトと打って変わって、サキの隣の席の蓮はそう呟く。

 腕を組み、真剣な眼差しでクラス全体を眺める。文化祭の案が出るたびに「これはダメだ」「まだその時じゃない」とため息をこぼしながら何度も首を横に振る。

 サキは蓮の考える企画に協力した。だからこそ、なんでそんなに長引かせようとしているのかわからなかった。

 まぁ、最後に案を伝えることを事前に知っているので気にしていないが。


(かなり緊張してますね)


 蓮は余裕そうに振る舞ってはいるものの、表情は硬い。それを見抜けないサキじゃなかった。

 少し気を紛らせようかと、適当に世間話をする。


「蓮くん、さっきから気持ち悪いですよ? 独り言でぶつぶつ」

「言い方酷くない?」


 相変わらずの毒舌で声をかけた。クラスメイトの怒りがじわじわと溜まり始める中、機会を伺い続ける蓮にサキは辛辣な言葉をかけた。

 側から見たら格好つけているもののニヤけているし、反応も中二病っぽいので、本当のことだが。


「さっさと言ったほうがいいですよ?」

「まだ機会じゃないんだって」

「氷室、何か意見あるのか? なら、さっさと言え。決めて帰りたいんだけど」


 少しずつ声も大きくなったせいで、実行委員の本音が混ざった一言で視線が集まる。

 クラスメイトの視線からは「余計なことをするな」という意味が含まれる視線が多数であった。

 このまま可決して終わりという段階になりかかっていた。

 クラスメイトは文化祭に興味もやる気もないのだ。ただ、なあなあで終わらせてしまおうと考えていたのだ。

 そんな時に蓮が目立ってしまった。


「……いやぁ」

「何もないなら私語はするな。もう、この中から多数決を」

「あるからちょっと待って!」


 先ほどの蓮の余裕はどこへやら。実は蓮は前日に格好つけた台詞を考えていたりした。

 だが、今のは蓮にとって予想外の展開であり、慌ててしまったのだ。

 その焦り具合のせいもあり、クラスメイトの視線がさらに蓮を焦らせる。


「あわっ!」

「……ほんと、何やってるんですか」


 蓮は用意していた書類を床に落としてしまう。おそらく格好つけていたのは自分を落ち着かせるための方法だったのかもしれない。

 床に「メイドカフェ」と書かれた大きな紙を盛大に落とす。サキは呆れてしまう。

 その大きく書かれた紙は数人のクラスメイトに見られて、蓮が出そうとしていた案はマイナス方向へ進んでしまう。蓮は相当本番に弱いらしい。


「おい、無理に決まってるじゃん」

「氷室、自分の趣味を押し付けんなよ」

「却下却下!」


 メイドカフェなんて用意も準備も相当手間がかかるため、反感を買いつつあった。

 だが、それを批判したのは男子生徒だった。


(……進藤さんも混ざっているような。……少しわざとらしい?)


 例えるなら大根役者のようだ。

 気のせいかもしれないと考えるが、進藤を中心とした批判により、クラスのざわめきが増していく。

 そもそも高校の文化祭は形だけのもので、そこまで繁栄するものじゃない。

 高校はどちらかというと進学校である。だから、イベントも毎年体育祭と文化祭を交互に行うほど、イベントらしいものは少ない。

 生徒は最低限こなしてイベントを消化したいと思っている生徒が大半である。

 まぁ、学年に1、2クラスはガチで挑むところはあるが。

 ここまでやる気がないのか。サキはクラスメイトたちの冷たい反応に苛立ちを増す。


「……意見だけでも聞いてはもらえないでしょうか? 蓮くんなりに相当準備をしていたようなので」

「……サキ」


 サキの声は少し張りがあった。

 蓮の視線を感じて困り顔をする。そんな女神を見るかのような反応、やめてもらえますか?

 例えるなら、街が魔王軍に襲われた時に颯爽と現れた勇者のように崇めるような視線に、サキは少し反応に困る。

 実際にサキは近くで見てきた。夜通し準備をして計画書を練っていたのを知っていたから。


 一生懸命に取り組んだことを知っていたから。否定されるのは嫌だった。それに、こうなったのは邪魔をしてしまった自分が悪いから。


「お話聞くだけでも価値はあると思いますよ? 蓮くん、計画書の完成度の高さは私が保証します。昨晩読ませてもらいましたから」


 今のクラスのサキの評価は鰻登りだ。

 優秀であるが、それを卑下にしない謙虚な態度。

 そんなサキはクラスの人気者である。

 信頼は一月で高い。

 そんなサキから断言されるほどの計画に、少しだけ興味をそそられたクラスメイトだった。


「……サキ?」


 そんなサキに蓮はキョトンとする。実際、サキは計画書なんて見ていない。

 アドリブで言ってしまったが、後悔はなかった。サキは蓮にだけ聞こえるように小声で話しかける。


「これで微妙な案だったら私の目は節穴になりますね。恥をかかせないでくださいね」


 蓮は目を見開く。

 蓮がメイドに関することに手を抜くはずがない。何故かその信頼はあった。

 お家メイドプレイという、叶うはずのない約束のために必死に努力する姿を見ていたから。

 サキとしては少し微妙な心境だが、一番近くで見てきたから安心感はあった。


「任せてよ。ありがとう」


 信頼の寄せられたサキの言葉に背中を押され、蓮は落ち着きを取り戻した。

 ゆっくり立ち上がると、蓮は黒板の方に進もうとした。

 サキはそんな蓮に人差し指を立てて最後にこう言った。


「では、さらに貸し一つで。後で命令一つしますね」

「へ?」


 蓮はその場で転けかける。

 慌てて振り向いた蓮は、サキのいたずらが見事に成功したことを物語る得意げな笑みに、苦笑いを浮かべた。


「……抜け目ないな」


 そうつぶやくと、蓮は黒板へと歩き出した。


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