結論だけ言うと、蓮の企画は無事にクラス内の投票を通過した。しかも、ほとんど全会一致である。
「はぁ……疲れたぁ」
「見事な演説でしたよ?」
帰宅早々、疲れ切った蓮がソファに寝転がると、サキは労いの言葉をかけた。
徹夜で準備を重ね、完璧な根回しをして目標を達成した蓮は、限界を迎えていた。
進藤を中心とした男子勢の批判に柔軟に対処し、女子たちによるブーイングには妥協点を提示して納得させた手法。
「メイド服にコスプレさせよう」という魂胆を指摘されたが、サキが着ているような本物のメイド服を持ってきていたことで、逆に「着てみたい」という興味を引き、批判は次第に収まっていった。この時点で、蓮はそのタイミングを見計らい、皆を納得させるための一言を付け加えた。
文化祭には来賓や生徒たちの投票によって最優秀クラス賞が設けられており、その賞品は学食の食券が1人3枚もらえるという豪華なものだった。
メイド服の話が出た時点で、だいぶ考えが傾いていた相手たちに、そのタイミングで言葉をかけることで、みんなの賛同を得ることができた。
そして、最後に決め手となった一言がこれだ。
『俺たちにとっては一生に一度の文化祭じゃないか。なら、優勝を目指して一緒に頑張ろうよ!そのための計画はすでに練ってある。もし少しでもやろうと思ってくれたら、俺と一緒に頑張ろう!』
最後に力強く握りしめた拳とともに発せられた言葉。それがクラスの決断を決定づけた。
クラスの雰囲気は活気に満ち溢れていた。ただ、男女が同じ目的を持っているのかどうかは不明だった。
サキはクラスメイトたちの様子を観察していたが、女子たちはやる気に満ちている一方で、男子たちは別の理由がありそうだと感じていた。その証拠に、男子生徒たちの視線を感じ取っていたからだ。
そのため、この際、はっきりと問い詰めようと決心したサキは、蓮に向かって問いかけた。
「それで、皆さんに一体どんな根回しをしていたのですか?」
「……べ、別に」
「ほんと、蓮くんは嘘が苦手ですね」
蓮の声はうわついていた。サキは目を細めて彼を見つめる。
「そう言えば、進藤くんたちが蓮くんに向かって発した言葉にはすぐに答えましたが、女性の時はちょっと焦ってましたよね?」
「た……たまたまじゃない?」
ああ、何かやってたなとサキは結論づけた。蓮の挙動は少しだけ不自然だし、できすぎていると思った。
まあ、目的のためなら手段を選ばないのはよくあることだ。
しかし、どうしても確認しておきたいことがあったサキは、にっこりと笑いながら、約束していた命令権を行使することにした。
「では、言い方を変えますね。進藤くんたちにどう言葉をかけて協力を仰いだのですか?」
「……」
「実はこういうものを用意してみました」
サキが取り出したそれを見て、蓮は黙り込んだ。
サキが笑顔で取り出したのは、小型の手のひらサイズの機械だった。
ピンク色の、少し可愛らしいデザインのものだが、人差し指を差し込めるような穴が空いている。
「……では、お聞きしましょう。どのような理由で進藤さんたちにお声かけしたのですか?」
蓮はもはや白状するしかなかった。初めはどうにか別の理由を挙げようとしたが、その度に機械が音を立てる。
最終的に、蓮は言った。
「進藤たちに、クラスメイトの女の子たちのメイド服を見たくないかって唆しました。はい」
「……ふーん。蓮くんも見たいわけですか」
「いや、そんなことは」
ーーピコン。
サキは目を細めた。これは嘘だと確信した。
「……いや、もちろん思わなくもないけど、俺は純粋にクラスメイトと思い出を作るために」
ーーピコン。
蓮は俯きながら話し始めた。
「……食券が欲しかったんです」
「そうですか。クラスを巻き込むほど女子たちのメイド服が見たくて、食券が欲しかったからなんですね」
理由を聞き終えたサキは少しムッとした。
サキは、蓮が一生懸命やっていたことを知っている。近くで見ていたし、手伝ったからこそ、その努力をわかっている。
しかし、理由を聞いて少しだけ不機嫌になった。
「……蓮くんは私以外のメイド服姿を見たいんですね」
「へ?今なんて言ったの?」
「しばらく話しかけるな、この変態って言ったんです」
「絶対言ってないよね!てか、普通に傷つくよ」
サキは蓮に聞こえるようにボソリとつぶやいた。実際にサキが気にしていたのは、そこだった。
納得できないのは、ちょっとした嫉妬からだったのだろう。
数日間、サキは不機嫌だった。しかし、これから文化祭の準備が始まるため、忙しくなり、サキは一時的にその気持ちを許すことにした。