「ふぅ……。こんなものでしょうか。それにしても、どんな結末になるのやら」
二学期期末試験まで、残り三日となった。
サキは勉強机にもたれかかりながら、天井を見上げていた。
試験勉強もひと段落ついた。ただ、古典だけはまだ完璧に理解しきれていないため、明日は先生のところへ相談に行こうと、なんとなく方針を固めていた。
期末試験の結果は、大体の見当がついている。サキには前回の中間考査よりも余裕があった。
「……私も性格が悪いですね」
サキは、古典だけは蓮にも負けることはないだろうと予想していた。
今回の古典の試験は、教師が満点を取らせないことを前提に作った問題だった。
その教師、性格が悪いのか、毎回のように大学入試レベルの難問を混ぜてくる。しかも、基礎力だけでは解けず、細かい知識や豆知識がなければ対応できない類のものだ。
そのため、生徒たちの間では「どうせ解けない問題」として、捨て問題扱いされていた。
「……そんな問題に、時間を割く人はいませんよね」
配点は分からないが、全体の一割程度が高難易度の問題。実質、九十点満点の試験と考えるのが妥当だ。
サキもそのように割り切っていた。
「まぁ、引き分けなら勝負は延期ってことにしましたし……」
サキとて、「一生、私の言いなり」などと本気で思っていたわけではない。
そもそもの目的は、蓮を鼓舞することだった。その場のノリのようなもので、勝負を持ちかけたにすぎない。
「実際、目的は達成できましたし」
以前に比べて、蓮は明らかにやる気を出していた。
「まぁ、なるようになるでしょう。私は最後まで気を抜かず、頑張りましょう」
自分に言い聞かせるように、サキは両頬をポンポンと軽く叩くと、再び机に向かった。
ただし、彼女の予測は少し甘かった。
蓮の人となりを理解したつもりでいただけだったのだ。
「今回も一位は確定ですね」
試験が終わり、サキは自己採点をしていた。古典はやはり97点。例の満点を取らせない問題は、やはり解けなかった。
それでも、他の科目はほぼ満点。結果に手応えはある。
一方の蓮は、自己採点のあと、少しだけ表情が曇っていた。どうやら、芳しくなかったらしい。
「ふふ、結果はどうなるでしょうか?」
不思議な楽しみが生まれていた。サキの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
いつも予想を超えてくるのが蓮なのだ。
そして、その期待は、またしても裏切られなかった。
「サキ!これを見て欲しい!」
古典の答案が返却された日。授業が終わるなり、蓮はサキに駆け寄り、答案用紙を差し出した。
その表情は自信に満ちていた。答案に視線を落とすと。
「満点ですか……すごいですね」
あの問題を含む試験で満点を取る。それにはサキも驚かされた。
蓮は鼻息も荒く、胸を張って誇らしげにしている。
「それで、サキはどうだった?」
少し不安そうな声。サキは、伏せていた自分の答案を蓮に差し出した。
「まぁ、同じくらいですね」
「はいっ?!」
思わず声を上げた蓮は、慌てて彼女の答案を捲る。
「別にそんなに慌てなくても」
「……って、俺の勝ちじゃん!」
「蓮くん、動揺しすぎですよ。ポーカーフェイスは大切ですよ?」
「サキが悪いんじゃん!……って、あぶな。サキのペースになるところだった……」
蓮は慌てたが、すぐに深呼吸し、冷静さを取り戻す。
サキも、彼の慌てぶりにくすくすと笑う。
そして、蓮は咳払いを一つしてから、満点の答案を再び掲げて言った。
「わかってるよね?……賭けは俺の勝ちだよ?」
「はぁ……ほんと、蓮くんは後ろ盾がないと強く出られない。……小心者は変わらないですね」
「う、うるさいなぁ……」
まぁ、やはりというべきか。
サキは蓮の満点に驚きこそしたが、動揺はしていなかった。
負けることも一応は想定内だったのだ。
ただ、命令の内容をどうするか考えているであろう蓮に、サキは一つ、問題を提示する。
「蓮くんは、呑気ですね」
「へ? 何いきなり?」
「いえ、別に」
「……そこまで言ったなら、教えてよ。怖いじゃん……」
怪訝そうにする蓮に、サキはため息をつく。
「では、古典以外の試験……結果はどうだったのですか?」
「……」
蓮は目を泳がせた。その反応を見れば、答えは明白だった。
「……蓮くんって、アホなんじゃないですか?」
そう、蓮は古典に全振りした結果、他の試験科目のほとんどで赤点を取っていたのだ。
試験が返却されるたびに、先生から声をかけられていたのを、サキは見逃していなかった。
誰とも目を合わせずに席に戻る蓮の姿も、何度か目にしていた。
(……冗談のつもりだったんですが、まさか本気にするとは。蓮くんらしいですけど)
授業中もノートを取るふりをして、裏では古典の内職ばかりしていた。
最低限の勉強をしていれば、ここまで酷い結果にはならなかっただろう。
おそらく「追試で何とかなるだろう」と、甘く見ていたのだ。
もちろん、サキにも少しだけ責任はある。だから、助けるつもりではいた。
「……それで、蓮くん。どうします? 思った以上に多かったんじゃないですか、追試の数」
もし追試が一つだけなら、サキは勝ちの報酬で帳消しにするつもりだった。
ただ、結果は予想以上だったようだ。
「……よろしければ、勉強を教えますよ? ただではありませんが」
「……自力で」
「できるんですか? 試験範囲、結構広いですよ? 私なら、要点を絞って教えて差し上げますが?」
サキはニンマリと笑った。
性格が悪い自覚はある。けれど、それでも彼女は、蓮と真剣勝負がしたかったのだ。
蓮は、しぶしぶ首を縦に振る。
こうして、蓮はサキの策略にまんまと巻き込まれ、空回りする羽目となった。
だが、追試をクリアできなければ、冬休みは補習で潰れてしまう。
その場合、蓮は実家に帰れず家族からの仕送りを打ち切られてしまう。
残された日数は、一週間弱。
こうして、サキによる追試講座が始まったのだった。