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第40話

「ふぅ……。こんなものでしょうか。それにしても、どんな結末になるのやら」


 二学期期末試験まで、残り三日となった。

 サキは勉強机にもたれかかりながら、天井を見上げていた。

 試験勉強もひと段落ついた。ただ、古典だけはまだ完璧に理解しきれていないため、明日は先生のところへ相談に行こうと、なんとなく方針を固めていた。

 期末試験の結果は、大体の見当がついている。サキには前回の中間考査よりも余裕があった。


「……私も性格が悪いですね」


 サキは、古典だけは蓮にも負けることはないだろうと予想していた。

 今回の古典の試験は、教師が満点を取らせないことを前提に作った問題だった。

 その教師、性格が悪いのか、毎回のように大学入試レベルの難問を混ぜてくる。しかも、基礎力だけでは解けず、細かい知識や豆知識がなければ対応できない類のものだ。


 そのため、生徒たちの間では「どうせ解けない問題」として、捨て問題扱いされていた。


「……そんな問題に、時間を割く人はいませんよね」


 配点は分からないが、全体の一割程度が高難易度の問題。実質、九十点満点の試験と考えるのが妥当だ。

 サキもそのように割り切っていた。


「まぁ、引き分けなら勝負は延期ってことにしましたし……」


 サキとて、「一生、私の言いなり」などと本気で思っていたわけではない。

 そもそもの目的は、蓮を鼓舞することだった。その場のノリのようなもので、勝負を持ちかけたにすぎない。


「実際、目的は達成できましたし」


 以前に比べて、蓮は明らかにやる気を出していた。


「まぁ、なるようになるでしょう。私は最後まで気を抜かず、頑張りましょう」


 自分に言い聞かせるように、サキは両頬をポンポンと軽く叩くと、再び机に向かった。

 ただし、彼女の予測は少し甘かった。

 蓮の人となりを理解したつもりでいただけだったのだ。


「今回も一位は確定ですね」


 試験が終わり、サキは自己採点をしていた。古典はやはり97点。例の満点を取らせない問題は、やはり解けなかった。


 それでも、他の科目はほぼ満点。結果に手応えはある。


 一方の蓮は、自己採点のあと、少しだけ表情が曇っていた。どうやら、芳しくなかったらしい。


「ふふ、結果はどうなるでしょうか?」


 不思議な楽しみが生まれていた。サキの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


 いつも予想を超えてくるのが蓮なのだ。


 そして、その期待は、またしても裏切られなかった。


「サキ!これを見て欲しい!」


 古典の答案が返却された日。授業が終わるなり、蓮はサキに駆け寄り、答案用紙を差し出した。


 その表情は自信に満ちていた。答案に視線を落とすと。


「満点ですか……すごいですね」


 あの問題を含む試験で満点を取る。それにはサキも驚かされた。

 蓮は鼻息も荒く、胸を張って誇らしげにしている。


「それで、サキはどうだった?」


 少し不安そうな声。サキは、伏せていた自分の答案を蓮に差し出した。


「まぁ、同じくらいですね」

「はいっ?!」


 思わず声を上げた蓮は、慌てて彼女の答案を捲る。


「別にそんなに慌てなくても」

「……って、俺の勝ちじゃん!」

「蓮くん、動揺しすぎですよ。ポーカーフェイスは大切ですよ?」

「サキが悪いんじゃん!……って、あぶな。サキのペースになるところだった……」


 蓮は慌てたが、すぐに深呼吸し、冷静さを取り戻す。

 サキも、彼の慌てぶりにくすくすと笑う。


 そして、蓮は咳払いを一つしてから、満点の答案を再び掲げて言った。


「わかってるよね?……賭けは俺の勝ちだよ?」

「はぁ……ほんと、蓮くんは後ろ盾がないと強く出られない。……小心者は変わらないですね」

「う、うるさいなぁ……」


 まぁ、やはりというべきか。

 サキは蓮の満点に驚きこそしたが、動揺はしていなかった。

 負けることも一応は想定内だったのだ。


 ただ、命令の内容をどうするか考えているであろう蓮に、サキは一つ、問題を提示する。


「蓮くんは、呑気ですね」

「へ? 何いきなり?」

「いえ、別に」

「……そこまで言ったなら、教えてよ。怖いじゃん……」


 怪訝そうにする蓮に、サキはため息をつく。


「では、古典以外の試験……結果はどうだったのですか?」

「……」


 蓮は目を泳がせた。その反応を見れば、答えは明白だった。


「……蓮くんって、アホなんじゃないですか?」


 そう、蓮は古典に全振りした結果、他の試験科目のほとんどで赤点を取っていたのだ。


 試験が返却されるたびに、先生から声をかけられていたのを、サキは見逃していなかった。

 誰とも目を合わせずに席に戻る蓮の姿も、何度か目にしていた。


(……冗談のつもりだったんですが、まさか本気にするとは。蓮くんらしいですけど)


 授業中もノートを取るふりをして、裏では古典の内職ばかりしていた。

 最低限の勉強をしていれば、ここまで酷い結果にはならなかっただろう。

 おそらく「追試で何とかなるだろう」と、甘く見ていたのだ。


 もちろん、サキにも少しだけ責任はある。だから、助けるつもりではいた。


「……それで、蓮くん。どうします? 思った以上に多かったんじゃないですか、追試の数」


 もし追試が一つだけなら、サキは勝ちの報酬で帳消しにするつもりだった。

 ただ、結果は予想以上だったようだ。


「……よろしければ、勉強を教えますよ? ただではありませんが」

「……自力で」

「できるんですか? 試験範囲、結構広いですよ? 私なら、要点を絞って教えて差し上げますが?」


 サキはニンマリと笑った。

 性格が悪い自覚はある。けれど、それでも彼女は、蓮と真剣勝負がしたかったのだ。


 蓮は、しぶしぶ首を縦に振る。

 こうして、蓮はサキの策略にまんまと巻き込まれ、空回りする羽目となった。


 だが、追試をクリアできなければ、冬休みは補習で潰れてしまう。

 その場合、蓮は実家に帰れず家族からの仕送りを打ち切られてしまう。


 残された日数は、一週間弱。


 こうして、サキによる追試講座が始まったのだった。


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