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第38話 学園に帰還(シルヴィ視点)

 一カ月振りの学園。私が撒いた種は、どんな変化をもたらしたのか。それが楽しみで仕方がなかった。しかし蓋を開けて見れば……。


「一体、何があったの?」


 馬車を降りた瞬間に直感した。学園の正門前で私を出迎えてくれた二人の姿を見て、何かがあったのだということに。


「何もないよ。それよりもお帰り、シルヴィ」


 シレッとした顔で言うエミリアンに、苛立ちを覚えた。けれどここはグッと堪えて、乙女ゲームのヒロインらしく振る舞うことにした。なにせ、エミリアンの隣にはアシルがいるのだ。


「あっ、ごめんなさい。せっかくアシル様のお陰で、早く学園に帰れたのに、私ったら。シルヴィ・アペール、ただいま戻りました」


 ニコリと笑いながら、私は一番の功労者であるアシルの手を取った。

 本来なら恋人のエミリアンがその役割を担うべきなのに、何もせず、ただ傍観していたらしい。その話をアシルから聞いた時、やっぱりオリアーヌに未練があるのだと思った。あの女の顔色を窺っていたのが、いい証拠である。


 まさかそれを、私が知らないとでも思っているの?


 アシルを見つめていると、視界の隅にエミリアンの不満げな顔が映った。それに彼も気づいたらしく、勝ち誇ったような顔で私の手を握り返してきた。


「お帰り、シルヴィ。待っていたよ。私がどれだけ君のために動いていたのか、それを教えたくてね」

「えぇ、是非! 私がいなかった間の話を聞かせて」


 恩着せがましい言い方が少しだけ気になったけれど、そんな些細なことはどうでもいい。なにせ今、私を出迎えてくれたのは、エミリアンとアシルだけなのだ。聞きたい話が山程ある。


「特にフィデル様のことが聞きたいわ。どうしてエミリアンの傍にいないの? 彼は貴方の護衛でしょう?」

「裏切ったんだ」

「え?」


 エミリアンが裏切り、と表現することは……まさか! あり得ないわ! そうでしょう?


 思わず私は、エミリアンではなくアシルの顔を見た。フィデルのことをよく知っているのは、彼だからだ。私はエミリアンにした時と同じ質問をした。アシルなら違う、とそう言ってくれると信じて。


「どういうことなの?」

「エミリアンの護衛を辞めて、カスタニエ嬢の護衛についたんだ」

「嘘っ!」


 だってフィデルは将来、私の護衛になるのよ。エミリアンルートで公妃になった後、ずっと自分の護衛を務めてくれたフィデルを信頼の証として、私には愛情の印として付けてくれる……はずなのに。

 だからフィデルの攻略は、後回しにしていたのよ。アシルと仲が良いから、アプローチが難しいけれど、その分、私への信頼が高くなる。主君と親友が大事にしている存在を、騎士道精神に溢れるフィデルが無視することはないからだ。


 それもあってフィデルの場合、公妃になってからでも十分攻略できると踏んでいた。

 フィデルルートを今は堪能できなくても、それなりのメリットを得られると分かっているから、後回しにしたっていうのに。それがまさか仇になるなんて……さすがは悪役令嬢ね。アンスガー・ミュンヒを手駒にするだけのことはあるわ。


「シルヴィ、ごめん。フィデルを止められなくて。君が早く戻れるように手を尽くしていたら、あいつのことまで手が回らなかったんだ」

「ううん。いいのよ。アシル様が頑張ってくれたから、私はこうして今、ここにいられるのだから」

「良かった。フィデルがいないだけで、ここまで反応するとは思わなかったからさ」

「仕方がないじゃない。学園にいなかったんだから、些細なことでも不安に思ってしまうの」


 いけない、いけない。アシルはエミリアンと違って、嫉妬深いのよ。だから並行して攻略した方が手っ取り早かったんだけど……これは見誤ったかな。ううん。今回はそのお陰で助かったんだから、結果的にはこれで良かったのよ。


「それで具体的にどうやったのか、教えてくれる? フィデル様のことは、その後でいいから」


 本音としてはフィデルの方が先だけど、エミリアンへの対抗意識を強く持っているアシルの功績を、ちゃんと聞いてあげないとね。承認欲求も強そうだから、褒めることも忘れずにしないと。アシルまでオリアーヌに取られるのは、絶対に嫌!

 ただでさえ私の味方……もしくは手足となってくれる人物が少ないというのに。


 こんな時、男爵令嬢という地位が歯痒くて仕方がない。元孤児というだけでも、貴族たちは軽蔑するどころか、敬遠までしてくるからだ。


 エミリアンはさすが、次期王太子であり、未来の公王。オリアーヌの虐めを受けなくても、滞りなく攻略させてくれた。お陰でアシルが引っかかり、フィデルもついでに、というところで……!


 おのれ、オリアーヌ。同じ転生者でも、アドバンテージは私の方が上なのに、どんな手を使ったのよ!


「シルヴィ?」

「え? 何?」

「何? じゃないよ。ここで長話をするわけにはいかないから、エミリアンと場所を移動しようと、今、話し合っていたんだ」

「そ、そうね。さすがはアシル様。名案だわ」


 危ない危ない。ただでさえ、乙女ゲーム通りに進んでいないところに、学園を追い出される、という失態を犯してしまったところなんだから。ヒロイン、ううん。転生者ということもあって、さらに悪目立ちをしているというのに。まぁ、オリアーヌほどではないでしょうけれど。


 それでも、だ。フィデルがオリアーヌ側についてしまった以上、この二人だけでも私の味方でいてくれないと困るのだ。今は学園だからまだいいけれど、社交界に進出したら、公妃になる前に潰されてしまう。貴族だけでなく、オリアーヌとアンスガー・ミュンヒに。

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