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ひな祭り

「このホールはいいですね。必ずアンコールがかかるじゃないですか」

「しかも、1度だけじゃない。何度もね。イエ~イ!」

 5人バンドのボーカルのしょう大堤おおづつみりょうが盛り上がっている。ドラムのタカシがバス・ドラムでリズムを刻んで、これから始まるコンサートをリードし始めていた。

 ここ10年で大堤の亮はエレキギター、小堤こづつみおさむはベースに楽器を持ちかえている。バンドは毎年、王とおきさきの前で演奏するのである。いわばうたげを盛り上げる若手のアーティストなのだ。

 王と妃の接待をするのは三人娘の『ヤンデルズ』の役目である。最近ではコーラスも担当する。三人娘といっても、リーダー格のあおいなどは既婚者で、パンクのように歯を黒く塗っていたりする。いつも3人娘の中央にいるのが葵である。

「ささ、美味しいお酒が入りましたよ。今年はアルコール度数が少々高いようですが、どうぞお召し上がりくださいませ」葵が盃をささげる。

 ヤンデルズの向かって左の娘は凛子りんこで、酒のたくさん入った桶を持っている。その桶から長い柄杓ひしゃくでお酒をすくって盃に満たすのが右側にいる涼子りょうこの役目であった。


「おう。今年も乗っておるのう」王がバンドマンをたたえる。

「あの曲をお願い」妃が立ち上がって踊り出す。

「お妃さま。お立ちになりませんように」

 そうたしなめたのは、ボディーガードの白髭をたくわえた左大臣の馬之助うまのすけと右大臣で若武者の右京うきょうだ。

「昨年は、笛に似せた筒から吹き矢で狙撃されたことをお忘れなく。衛兵、危険が接近してきたらすぐに知らせよ!」

「ははあ」

 衛兵と呼ばれたのは仕丁しちょうという3人の小間使い兼衛兵のことである。彼らは三方に散った。


※※※※※※


「あなた、陽奈ひなはもう今年三十路みそじですよ」

「そうだなあ。そろそろ嫁に行ってもらわんとなあ」

「このままだと、孫の顔だっていつ見れるかわからないじゃありませんか。全部あなたのせいですからね」

「え、おれのせい?なんでだよ」

「あなたが、可愛い可愛い、お嫁にいかせたくないって。雛人形をダラダラと片付けさせようとしなかったからじゃないですか」

「そ、そんなの・・・・・・おれのせいじゃないだろうが」

「わかってるわよ。でも気分の問題だわ」

「そうか・・・・・・悪かった」

「今年は即行で片付けますからね」

「よし、それじゃあこれから片付けよう」

 夫が立ち上がる。

「あなた、いま出したばかりじゃありませんか」

「いや、今まで遅かった分、フライングでもしなければバランスが取れんだろう」


※※※※※※


「馬之助殿。右京殿。一大事にございます!」

 衛兵のひとりが駆け込んでくる。

「何事だ」馬之助が応える。

「今ここの主が、コンサートを閉幕しようとこちらに向かっておられます!」

「何だと!コンサートは今はじまったばかりではござらぬか」右京がうなる。

 馬之助が、すぐに官女頭の葵に向かう。「宴たけなわではございますが、これにて閉幕にござります」

 妃が割って入る。

「なにをたわけたことを。宴はこれからじゃ」

 妃はもう完全に出来上がっていた。十二単のもろ肌を脱いで、裾をまくり上げて踊り狂っている。

「これは手がつけられませんな」と右京。

「やむを得ない。笛吹の泰司たいじよ、眠り薬の吹き矢を撃て」馬之助がバンドマンに耳打ちする。

 泰司と呼ばれた笛担当のバンドマンはひとつ頷くと、横吹きをしていた笛を縦に持ち換えて「フッ」と眠り薬を塗りこめた矢を吹いた。カキーンと金属音がして吹き矢が弾き返された。妃が鉄扇で防御したのである。

「なんと。いつのまにあんな技を」馬之介が目を丸くした。

 そのとき襖がガラッと開いてしまった。


※※※※※※


「陽奈。こんなところで何をしている」

「あら、お父さん。踊っているのよ」

 白酒しろざけで酔っているようだ。でも彼女が飲んでいたのは単なる御屠蘇おとそではなかった。父が昨年台湾旅行で買ってきたアルコール度数40度の白酒パイチュウだったのだ。

 ひな壇飾りの前で、娘が裸同然の恰好で踊っている。

 陽奈が酔っぱらっているのには実は訳があった。今年ある男性に嫁ぐことを心に決めていたのだ。両親と別れる寂しさからの泥酔だったのである。

 陽奈はその場できちんと正座をすると、畳に三つ指をついた。

「お父さん、お母さん。長いあいだ陽奈を育てていただいてありがとうございました。陽奈は今年お嫁に行くことにいたしました」

 父親は驚いて息を飲む。母親は目頭を押さえて泣いた。「若い娘が、あられもない恰好で・・・何を言い出すのかと思ったら」

 陽奈は笑顔をつくった。

「あるじゃないここに。ひな・・あられが」

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