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予言の家

「もうちょっとで出来上がるんだ。ちょっと待っててよ」

 ぼくは携帯電話を肩に挟んで荷物を運んでいる。「悪いけど、いま手が離せないんだ。締め切り?分かってるって、じゃあ後で」

「会社から?」姉が母の着物をタンスから出して眺めている。「相変わらず、忙しいのね」

 父と母が亡くなって2年になる。三回忌が終わったところで、姉弟で遺品整理をはじめたところだった。

「姉さん。そんなに想い出に浸っていたら進まないぞ」

「分かってるわよおさむ。でも懐かしいじゃない。これ確かあなたの小学校入学式で母さんが着ていた着物よ」


 姉もぼくも結婚して家を出ているので、この家は現在空き家になっていたのだ。

 通帳や貴金属、有価証券、登記簿謄本、いろいろな契約書などの貴重品は相続の関係もあったので2年前に片付けてあった。

 今日はいよいよこの家を処分することになったので、生活雑貨や衣類、家具、電化製品などを整理するためにやってきたのである。

 雑貨や衣類など、仕分けをしながら片付けるので、その数だけダンボールやゴミ袋を用意した。

 いざ始めると、これがなかなか思うように進まない。ぼくと姉は、お互いに持ち帰るものはダンボール1箱ずつと決めていた。それ以上はお互いの住居のスペースの負担になってしまうと考えたからだ。

 とりかかるのに一番まずい方法は、目のついたところから五月雨式さみだれしきに片付けるやり方だ。なぜならば、一度片付けた同じ場所を何度もほじくり返すはめになりかねないからである。やるなら一方向から、例外を作らず時計回りに順番に片付けて行くことだ。

「これなんだろう?」

 ぼくは父の遺品の中に、黄色い小箱を見つけた。開けてみるとなにやら手書きの地図が入っていた。

「宝の地図かもよ」姉が面白そうに微笑む。「お父さんの隠し財産」

「そんな訳ないだろ」ぼくはゴミ袋に放り投げようとして手を止めた。「ま、いいや。一応取っとこう」

 ぼくは自分の持ち帰り用の段ボールに地図を投げ入れた。それ以降、迷ったものはほとんどを廃棄処分にした。遺品整理はそうでもしない限り終わらないのだ。


※※※※※※


「ねえ理。これなあに?」

 同棲中の佳穂かほが紙をヒラヒラさせている。例の地図だった。ぼくはピアノの演奏を止めて顔を上げた。地図の存在をすっかり忘れていたのだ。

「なんかおやじの遺品に入っていたやつ。紙ぺらだから一応もらってきた。荷物にならんし」

「ふうん。これどこの地図かしら」

「なんだろう。おやじの実家の方じゃないかな」

「静岡ってこと?」

奥静おくしず。ほとんど南アルプスに近い山奥」

「行ってみたい。温泉ある?」

「あるよ。梅ヶ島温泉とか」

「行こうよ。偶然、次のランウェイは静岡なんだよ」

 彼女は一応ファッションモデルなのだ。本人は売れっ子と言い張っている。そして将来はファッションデザイナーになるのが夢なのだそうだ。

「しょうがないなあ」ぼくはまた鍵盤に戻る。「わかったよ」


※※※※※※


 過疎化の進んだ地域らしく、親父の実家はすで空き地になっている。古い地図で言うと、小学校の跡地の近くの神社の境内の裏が宝のありかのようだった。

 ぼくと佳穂は指を傷つけないよう分厚い軍手をして、派手な色のツナギにごついブーツを履いていた。

 スコップとツルハシを使い、土を掘り起こす。1時間ばかり掘り返したが何も出てこない。

「なんでこんなことをしなければならないんだ」と後悔しはじめたときだった。

「あったあ!」と佳穂が歓喜の雄叫びを上げたのだ。

 ぼくは彼女が掘り当てた場所を覗いた。そこに米俵ぐらいの大きさの金属の箱らしきものが頭を出していた。ぼくと佳穂は箱を壊さないよう、30分かけてようやく古びた箱を掘り出すことに成功した。

「やったね」佳穂が汗を拭う。「何が入っているのかしら」

「一度宿に持ち帰ろう」

 すでに夕日が落ちて、あたりの森は暗い闇の中に沈もうとしていた。

「うん」

 戦利品を車の荷台に積み込むと、ビールと温泉の待つ旅館へと向かった。


 その晩はトロリとした温泉に浸かって、うまい酒を飲んで痛快な気分になった。

「佳穂、そろそろ休もうか」とぼくは灯りを消して言った。

 暗闇の中で佳穂が耳元でささやいた。

「理。できたかもしれない」

「できたってなにが」

「赤ちゃん」


※※※※※※


 そんなこんなで、宝箱の話しはすっかり後回しになってしまった。東京へ戻る車の中だ。

「女の子がいいな」と佳穂がうれしそうに言った。

「籍を入れよう」

 ぼくはハンドルを握り、しっかり前を見ながら言った。

「女の子だったら理佳りかなんてどうかしら」

「名前?」

「そう。オサムの理とカホの佳を取って“理佳”」

「ふうん。いいんじゃない。男だったら?」

「考えてない」

 ぼくたちはマンションに戻り、しばらくしてからブリキの宝箱を開けてみた。

「なんだこれ?」

 そこにはおもちゃの家が入っていた。

「わあ懐かしい。これリカちゃんハウスじゃない?」

「意外だな。あのおやじにこんな少女趣味があったとは。きっとおふくろと結婚する前に隠蔽いんぺいしたんだな」

 リカちゃんハウスの中にはリカちゃん人形のほかに着替えの洋服や靴などがぎっしりと詰まっていた。着せ替えをしながらニヤつく強面こわもてのおやじが目に浮かんで正直寒気がしてきた。

「ちょっと待って」佳穂が口に手を当てた。「たしかリカちゃん人形のパパって音楽家じゃなかった?」

「そういえば、ママはデザイナーだったよな。まさかおやじのやつ、こうなることを・・・・・・」

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