“誰もがおいしいと絶賛するスイーツを食べさせてくれるお店が、日本にあると知っていましたか?”
その記事を読んで
「峰岸さん。ここですね」
アシスタントの
店舗に入るとサーモグラフィーだろうか、体温センサーが入店OKサインを出してくれた。店内はとくに変わった装飾品はなく、接客もごく普通の店であった。ミシュランの星がついていないのは、このあたりに原因があるのかもしれない。
頼んだパティシエお勧めのスイーツは、多実子と可南子の舌をとろけさせるのに十分であった。こくがあり滑らかで、それでいて後味がさっぱりしていてどれも絶品だった。
多実子はいったい何が隠し味に使われているのかを考察した。しかし、一向に考えがまとまることはなかった。
可南子との答え合わせも徒労に終わった。ふたりの隠し味に対する意見がまったく正反対の食材を示していたのだ。
※※※※※※
数か月後、多実子はそのレストランが募集をかけているパティシエの見習い実習生に応募した。味を盗むための仮の修行である。悪く言えば産業スパイだ。
「どうも、峰岸多実子さんでしたね。ご応募ありがとうございます」
「よろしくお願い致します」
多実子は丁寧にお辞儀をした。容姿には多少自信があった。しばらく事務室でひと通りの面接を済ませた。
「それでは最後に厨房に入って、味覚テストを受けていただきましょう」
犬塚に先導されて、奥の厨房に案内される。大きなステンレス製のテーブルには、いくつかのスイーツが並べられていた。
「あの、これは・・・・・・?」
犬塚がにっこり笑って言う。「コンビニのスイーツです」
「どういうことですか?」
「万人が全員おいしいと思うスイーツを作ろうと思っても、それは不可能です。なぜならば、ひとにはそれぞれ特有の味覚、好みというものがあるからです。甘いものが好き、甘さ控えめが好き、酸味、苦味の有無でも違います。さきほど入口にあったセンサーは、単に体温を測るものではありません」
「違うのですか?」
「あれはその人の味覚を瞬時に測定する機械なのです。お店に入った瞬間から、当店のパティシエ達は、その人それぞれの味覚に合ったスイーツを作り始めるのですよ」
「・・・・・・ということは」
「そう、あなたはご自分の作ったスイーツが一番おいしいと思っていらっしゃった。だからパティシエは面接中にあなたの勤めているコンビニエンスストアに走って購入してきたと言うわけです」
そう言うと、犬塚はテーブルのスイーツをひとつ摘まんで口に運んだ。
「うーん、いい味だ。どうです、うちで働いてみませんか?」