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第14話


「ハァ、ハァ、ハァ……」

肩で息をする私に、護衛が声を掛ける。


「一旦、あそこで休みましょう」

護衛が指差す岩陰に聖騎士が駆けて行った。

先に私達の安全を確保する為だろうが彼女達の生い立ちに思いを馳せると居た堪れない気持ちになる。


私が聖女になれなかった時……私は何を目標に生きれば良いのだろう。

力を封印され、普通の令嬢として家の為に結婚するの?それとも家に居場所が無くなって、彼女達の様に教会の門を叩くのだろうか?



もう何匹の魔物を倒しただろう……。司祭が驚いた様に、


「昼間なのに、こんなたくさんの魔物に出会うとは思っていなかった。やはりこちらには巣があるようだ」

と、メモをした紙を眺める。

私に付いて来た事を後悔しているのかもしれない。


先程一気に力を使ってぐったりしていた聖騎士も、一人で歩ける様になっていた。

もう一人がその岩陰に結界を張る。彼女の守りの力は少し弱々しいが、ほんの少しの休憩ならば問題はないように思われた。


皆で岩陰に腰を降ろす。正直、洋服が汚れる事なんて構っていられなかった。

私も連続して攻撃してくる魔物を倒すのに、随分と力を使った。夜ならばなんの問題もないが、昼間だとそうはいかない。流石に私も疲れていた。


私が逃した魔物は護衛が斬り捨てていた。護衛達も十分疲れている。


「お水、飲んでください」

私が先程までぐったりしていた聖騎士に水筒を渡す。彼女はそれを手で制止し、自分の腰に付けた水筒を指差した。


「でも、それは殆ど残っていないでしょう?まだこれは口をつけていないので、どうぞ」

私は彼女の手に水筒を押し付けた。

私にはもう一つ水筒が太ももに括り付けられている。アメリのアイデアだった。


仮面をつけていても、彼女が少し戸惑っているのが分かったが、私からの圧に屈して、彼女は水筒に口をつけた。


「さっきはありがとう。お陰で助かりました」

私は改めてお礼を言った。

彼女は仮面越しだが、私の目をじっと見ている。口元から察するに、彼女はもう既に三十歳は越えているのではないかと思われた。

だが……同情されるのも彼女にとっては不本意かもしれない。私はそれ以上は何も言わず、彼女の横で座り直した。


そこに可愛らしいウサギの様な動物がビョンビョンと近付いて来る。


「あら?ウサギかしら?でもこんな魔物の多い所で危ない……」

私がその動物を安全な場所に……と思い手を伸ばした瞬間!

そのウサギに見えていた動物は口を大きく開けた。その口は耳まで避け、尖った刃の様な牙が口元から覗く。


「……魔物?!」

気づくのが遅れた。指を噛みちぎられる!そう思った瞬間、隣の聖騎士が先程私が押し付けた水筒をその口に挟み込む。

魔物の口は私の指ではなく、その水筒をバリバリと音を立てて噛み砕いた。


私達は一斉に立ち上がる。私が聖なる力を発揮する前に、護衛がその小さな魔物を斬って捨てた。


「こんな魔物もいるんだな」

護衛が呟く。聖騎士も首を振った。


皆が見たことのない魔物まで出現している。魔王の封印がもう間もなく完全に解かれてしまう事を暗示しているのではないかと、私は不安に襲われた。


「聖女様の力が……弱まっている。これは不味い」

司祭も私と同じ事を考えたのだろう。その顔は少し青ざめていた。


そこで、遠くからドラの音が微かに聞こえてきた。


「時間です……元いた場所まで戻りましょう」

と司祭が私の目を見て言った。


しかし……私達は思ったよりも森の奥まで入ってしまっていた様で、帰る道中も魔物に襲われた。


司祭は言った。


「あ、試験は終わっていますので、ここで倒した魔物の数は含まれません」

と。


………何となく理不尽を感じなくもない。




最初に集まった森の入り口に戻って来た時には、正直私は疲れ果てていた。

そんな私に、


「待ちくたびれたわ」

とアナベル様がとどめを刺した。


それぞれの候補者に付いていた司祭から報告書が主任試験官を務めた司祭に渡される。

しかし、私はその結果以上に、レオナ様の様子が気になった。

レオナ様は両手を祈る様にギュッと握りしめ、下を向いていた。顔色はとても悪い。


そこで一言主任試験官が口を開いた。


「ソーントン伯爵令嬢様は最終試験を棄権されました」


「え?!」

思わず声が出た。レオナ様の方を見るが、彼女は下を向いたままだ。

アナベル様は私がここに戻る前に、その事を知っていたのだろう。

口の片端を少し上げて笑いを堪えている様だった。


昨晩は聖女になる覚悟を持っていたレオナ様が棄権なんて……私は何故?と訊きたいのをぐっと我慢していた。青ざめた彼女に掛ける言葉が見つからない。


だけど、そこに空気を読まない人物が一人。


「魔物が可哀想で倒せない……なんて、聖女になる資格もないわね」

アナベル様が馬鹿にした様にそう言った。


……確かに魔物はその姿形が千差万別で、見るからに邪悪そうなものもあれば、私達が岩陰で出逢った様な容姿のものも居た。


傷つけるのが苦手だと言って居てレオナ様を思い出す。……彼女は優し過ぎたのかもしれない。


アナベル様の言葉に、レオナ様は顔を上げた。


「確かに……。私には聖女になる資格はありません。私はここで辞退いたします。そして、ここまで……最終試験にまで残る事が出来た事に感謝申し上げます」

青ざめてはいたが、レオナ様の声はしっかりとしており、彼女は司祭や護衛、聖騎士達に改めて頭を下げた。


「レオナ様……」

そんな中でも、私は彼女の名を呟く事しか出来ずにいた。立ち尽くす私にレオナ様はぎこちない笑顔を見せると、ゆっくりと近付いて来る。


そして、私の手を自分の両手で包み込む様に優しく握った。


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