「クラリス様。私は貴女こそ聖女に相応しいと、今でもそう思っています。私の願いをこの国の未来を貴女に託します」
「レオナ様……私……」
彼女の願いを託された私に何が出来るのだろう。
試験は終わってしまった。今更ながら、もっと頑張れば良かったのではと後悔する。
アナベル様の結果は分からない。私は勝っているの?負けているの?
そんな私達を見て、アナベル様が鼻で笑う。
「フン……。負け犬同士で傷のなめ合い?みっともないわ。レオナさん、貴女とはここでお別れね。一応お疲れ様……って言ってあげても良いわよ」
「アナベル様……っ!そんな言い方……!」
反論しようとする私をレオナ様はそっと手で制した。私がレオナ様の顔を見ると、彼女は緩く首を横に振る。
しかし私は我慢出来ずに、アナベル様に向き直る。
「負け犬はどっちかしら?」
「貴女……自分が聖女になれると本気で思ってるの?」
アナベル様の物言いが引っ掛かる。
「そう思っていなきゃ、此処にいないわ」
私の言葉にアナベル様は我慢出来ないといった風に笑い出した。
「アハハ!ねぇ、いつだったか……貴女言ったわよね?初代の聖女様は平民だった、と。だけど知ってる?逆に言えば初代の聖女様以外に平民出身の者は居ないわ」
「そ、それは保護プログラムで……」
「私が言いたいのはそれじゃないわ。保護プログラムで養子縁組をした者が選ばれた事はないと言っているの。これが意味する事が貴女の小さな脳味噌で分かるかしら?」
そこまでは知らなかった。
じゃあ……この聖女試験って何なの?
そこに主任試験官の司祭が割って入る。
「ローナン公爵令嬢。それはたまたまです。でなければ……今、我々が此処に居る意味が無くなってしまいます」
「たまたま……ね。なんて都合の良い言葉なのかしら?何百年もそんな偶然が重なるものなの?貴方達だってそれが意味する事の真意が分からない訳ではないでしょう」
アナベル様は諌めた司祭にも馬鹿にした様な視線を投げた。
私の隣に居た聖騎士の握った拳が微かに震えていた。彼女達は……聖女試験すら受ける事なく、保護プログラムという王家にとってご都合主義な制度の犠牲となった者たちだ。
「ローナン公爵令嬢になんと言われようと、この試験には本当に力ある聖女を選ぶという崇高な目的があります。勘違いしてはいけない。聖なる力を持つものが我が国に生まれる意味を。それは王妃になる為ではありませんよ?」
私と共に最終試験で北の森に同行した司祭が一歩前に出て言った。
そして、
「最終試験の結果を楽しみに待ちましょう」
と続けると、私の方に向かって頷いた。
彼は私が倒した魔物の数を知っている。きっと私に心配するな、と言いたかったのだろう。だが、最終試験の結果と正式な聖女が発表されるのはこの場所ではない。
「ここで言い争っていても何も解決しません。お二人共、王都へ戻りましょう。……陛下がお待ちですので」
そう。最終結果が発表されるのは王宮。王族達の前で私達はどちらが聖女に相応しいのか、詳らかにされる事になる。
レオナ様ももちろん王都までは共に戻る。彼女は此処に来るまでと同じ様に、帰りの宿屋でも馬達を労い、癒していた。
彼女の優しさと芯の強さを感じる。
馬の首を撫でながら、レオナ様はポツリと言った。
「あなた達をこうして癒してあげられるのもあと少しね。私の力は封印されてしまうから」
その言葉に胸が痛くなる。
今までの結果を考えても、最終試験で私がアナベル様を大幅に上回る成果を上げていなければ、逆転する事は難しい。そうすれば私の力も封印されてしまう事になる。
私は最終試験、共に戦ってくれた聖騎士を思い出す。彼女達の様に聖騎士になってこの力を使う?
いやいや、それは私がアナベル様に仕えるという事に他ならない。……それだけは勘弁だ。
「レオナ様は……本当にお強い方です」
「私が?いいえ。聖女になる覚悟で此処へ来たのに……尻尾を巻いて逃げ出してしまいましたから。とんだ臆病者です」
少し戯けた様に言うレオナ様の顔は言葉とは裏腹に寂しそうだった。
「いえ。貴女は貴女の道を貫いた。それは誰でも真似できる事ではありません。やはり貴女は優しくて……強い」
「……クラリス様。私はそんな出来た人間ではありませんよ。ただ……傷つけられる者の痛みが分かる、それだけです。
魔物に傷つけられた人々を思うと魔物を倒さねばならない事など百も承知なのです。でも……私は私の手でそれをするのが怖かった。それを他の者に委ねただけ。結果は変わらないのに」
「魔王を封印すれば……魔物達も同じ様に封印されるのですよね?」
「そうですね。魔界とこの世を繋ぐ扉を同じ様に封印出来るわけですから」
「……では、魔王を倒せばどうなるのでしょう?」
私の問にレオナ様が目を丸くした。