「お持ちいたしました!」
綺麗に装飾された箱を大事そうに抱えた司教が戻って来た。額には汗が浮かんでいる。
本来なら大司教と聖女しか触れる事が許されていないこの水晶。頼まれた司教もほんの少し手が震えている様だった。
王宮と教会は然程離れていないが、待っている時間とはなんと長く感じる事か。
大司教様の両の掌に乗せられた水晶に皆の視線が注がれる。
「ウォルフォード侯爵令嬢。こちらへ」
私は大司教様に呼ばれた。
それと同時にまた陛下と二人の王子が広間へ入って来る。
私は大司教様と水晶を挟んで向かい合う。
「私はどうすれば……」
「まず深呼吸をして。聖なる力をこの水晶に注ぎ込むイメージでこれに手をかざして下さい」
大司教様に言われ、ゆっくりと水晶に手を近づける。手が震えるのは緊張からだが、皆に疑われている様で、心が痛い。
フーッと大きく息を吐いてから、水晶に手をかざした。
目を閉じる。この水晶に自分の力を注ぎ込むイメージを頭に浮かべる。馬を癒やした時と同じ要領だ。
「あれは……?!」「まさか……」
しばらくすると、周りがザワザワし始めた。目を閉じていた私には何が起こっているのか分からない。目を開けるのが怖い。
「もう、良いですよ」
大司教様の声が硬い。私はそっと目を開けた。
大司教様の持っていた水晶は……真っ黒く染まっていた。
「こ、これは……?!」
「ウォルフォード侯爵令嬢……残念です」
大司教様の声が冷たく響く。陛下もその水晶を見て、
「なんという事だ。水晶が黒く……。これは……」
と呟いた。それに答える様に大司教様は言った。
「聖なる力がこの水晶を満たすと……本来なら白く光ります。こんな風になったのは初めてですが、侯爵令嬢の力が聖なる力だとは言えないかもしれません」
「そんな!教会で銀の盆に張った水は光りましたし、聖女試験の初日に力を測定もしました!」
私は自分の潔白を示す為に考えつく全てを並べる。
「魔力も聖なる力も……共に力です。どちらも力に反応しただけかもしれません」
「そんな……!?なら聖なる力って……何なんです?癒すことも出来ましたし、私が力を使う時には確かに白い光が……!!」
「いい加減正体を現しなさいよ!この詐欺師!!魔女のくせに私達を騙したのね?!」
私の言葉に被せる様に、アナベル様が私に指を差して叫ぶ。
「そんな……!私は……!!」
首を横に大きく振る。否定したいのに、周りの視線が怖い。
「魔女の存在は遠い昔の伝説の様なものです。ウォルフォード侯爵令嬢の力が聖なる力だと勘違いされても何の不思議もありません。侯爵令嬢だって騙すつもりはなかったでしょう」
「待って!待って下さい!私は魔女じゃありません!!」
「落ち着いて下さい、ウォルフォード侯爵……」
私を落ち着かせ様とする大司教様の声がかき消される程、周りが騒がしくなってきたその時、
「静まれ!!」
と陛下の一喝が広間に響いた。
一気に潮が引いた様にシーンと静まり返る。
「ウォルフォード侯爵令嬢。いや、クラリス嬢」
言い直された事に不安を感じる。
「はい」
「君の力はとても素晴らしかったと聞いている。たが……残念だよ。魔力を持った者を聖女にする事は出来ない」
「陛下!お待ち下さい。私は魔女ではありません!」
「魔女か……。此処に居る皆も初めて見る者だ。『違う』……と言われて『そうですか』と納得するには、その水晶の印象はあまりにも大きい。それに……私達には魔女を捕らえておく堅牢の用意もない。古の言い伝えに則って……君を魔女の森へと追放する事にする」
「そんな!!待って下さい!!」
私の試験に同行した司祭が飛び出そうとするのを、大司教様が止めた。厳しい顔で司祭に首を振ると、諦めた様に司祭は項垂れた。
だけど、私にはその行動が嬉しかった。ここには誰も私の味方は居ないと思っていた。
するとロナルド王子が、
「陛下!お待ち下さい。この結果だけで魔女だと決めつけてしまうのは時期尚早ではないでしょうか?他に調べる手立ては……?」
と陛下に詰め寄る。
しかし陛下は冷たくその言葉を切り捨てた。
「ではお前は代わりの手立てを知っているのか?今から探すとなれば、聖女を決められず、魔王の封印がその分遅れてしまう。王太后の体調が悪いのはお前も知っているだろう。手遅れになったらどうするんだ?水晶に貯めた力は……今見た通り真っ黒に塗り替えられてしまった。もう一刻の猶予もないんだ」
「ならばとりあえず追放だけは……」
ロナルド王子がまだ言い募ろうとするが、陛下は、
「もう決めた事だ!!」
と一刀両断した。
「し、しかし……」
「ロナルド殿下!もう……良いのです」
私はこれ以上ロナルド様の立場が悪くなる事が怖くて、気付けばそう口にしていた。