「ローナン公爵令嬢、何かな?」
陛下の声色には不快感が含まれていた。
「実は……今まで言えなかった事があります」
アナベル様は両手をギュッと握りしめている。何かを決意したような瞳は陛下を真っ直ぐに見つめていた。
「言えなかった事……?それは今ではないといけないのか?」
「はい……今でなければ、此処にいらっしゃる皆様が後悔する事になるかと思います」
「ふむ……では申してみよ」
陛下は手に取ったティアラを元に戻す。
そして改めてアナベル様に向き合った。
アナベル様は腰を落として告げた。
「ウォルフォード侯爵令嬢についてです。彼女は……聖女に相応しくありません」
その言葉に大司教様の表情が曇る。
「私達の試験に何か問題があったと言いたいのですか?」
「いえ、滅相もありません。全ては侯爵令嬢が私達を騙していた事が原因です」
『騙していた』?
私はその言葉に反応して声を上げた。
「私が何を?!」
アナベル様は私の方にチラリと視線を向けたが、スッとまた前を向く。
「彼女の正体は……魔女です!」
はっきりと言いきったアナベル様に皆が動揺した。またざわつきが大きくなる。
「静かに!!ローナン公爵令嬢。流石にそんな事を言うのは問題だが……?」
陛下も戸惑っている。
「彼女が倒した魔物の数……。異常だとは思いませんか?」
「それは……!森に魔物の巣が……」
私の言葉に、私に同行した司祭が声を上げた。
「は、発言をお許し下さい。あの時、森には魔物の巣が疑われる様な洞窟がありました。森の奥に行くに従い……私達は洞窟に近付いていたのでしょう、巣を守る為に攻撃的になった魔物が……!」
彼は私が必死に魔物と対峙している姿を見ている。私を庇う様に声を上げてくれたのだ。
「それでも!!彼女が魔物を呼び寄せていたとは考えられませんか?」
「そんな……!?攻撃してきたんですよ?!」
私の反論にも、アナベル様は被せるように言った。
「魔女と魔物の関係性は明らかになっていません。ですが同じ魔の力を持つもの。引き合っても不思議ではありません!大司教様も先程仰ったじゃありませんか、自分の目を疑った……と」
「確かに言いましたが、それだけで彼女を魔女だと決めるのは……」
大司教様が難しい顔をすると、畳み掛ける様にアナベル様は言った。
「では!!聖なる水晶に訊いてみてはいかがでしょう?」
「あれは……」
大司教様は躊躇っている様だった。
『聖なる水晶』の名前だけは知識として知っていた。いつもは教会で保管されているが、魔王の封印に向かう時、聖女が聖なる力を溜めておくらしいのだ。……一応、聖女が魔王封印に失敗した時の保険の様な代物だと聞いた事があるが、実物を見た事はない。
「躊躇っている場合ではありません!それに彼女は夜に力を解放出来ると……。夜は魔物が活動的になる時間。それも彼女が魔女である裏付けになる筈です!」
大司教様は私の方に素早く顔を向けた。
「だから貴女は試験を夜にするように……と?」
「いえ……あの……確かに試験は夜の方がと言いましたが、それは魔物を退治する試験なら、その方が……」
「ほら?!今の聞きましたでしょう?彼女は私達を騙していたのです!」
私とアナベル様、大司教様の三人が睨み合っていると、
「大司教!聖なる水晶を持ってこさせろ」
と陛下が声を掛けた。
「しかし……」
大司教様は躊躇うが、陛下は有無を言わせなかった。
「こうなれば仕方あるまい。準備が出来たら改めて聖女を決めることとしよう」
そう言い残すと陛下は広間から出て行ってしまった。今まで黙っていた王子の二人は私達を心配そうに見る。
ウィリアム王子はそのまま陛下の後について広間を出て行った。ロナルド王子は何か言いたげに口を開きかけたが、
「私の部屋から『聖なる水晶』を持ってきて下さい」
と一人の司教に自分の首から下げた鍵を渡す大司教様の様子をチラリと見ると、諦めた様に口を閉ざし、二人に続いて部屋を出て行った。
周りの喧騒はどんどんと大きくなる。コソコソ、ヒソヒソと聞こえる話し声が、全て私への批判に聞こえる。
私は大勢の中にいて、酷い孤独を感じていた。